「ガクチカ」最前線!

「当たり前に感謝する」気持ちの大切さを、常に、胸に。

立命館大学 そよ風届け隊
立命館大学 そよ風届け隊
2011年3月11日、突如日本列島を襲った東日本大震災。自然災害の恐ろしさを私たちにまざまざと見せつけたと共に、忘れかけていた人と人との絆の大切さや、普段の何気ない生活の有難さ、そして命の尊さを改めて気付かされた出来事でもあったのではないでしょうか。多くの方が被災地に心を寄せ、復興支援に奔走する中、2012年から特に被害が甚大だった福島県での支援活動を続けているのが、今回ご紹介する立命館大学の学生団体「そよ風届け隊」です。2年生で代表を務め、卒業後も福島とのかかわりは持ち続けたいと語る、法学部4年の吉村大樹さんに、活動にかけたこれまでの想い、そして今後の希望について、お伺いしました。
※記事の内容は取材当時のものです。

「名前と顔がわかる関係をつくろう」が、隊の合言葉。

――吉村さんが東日本大震災の復興支援に参加したきっかけを教えてください。
震災が発生した2011年、私は中1だったのですが、当時の担任の先生が東北のご出身で、普段はとても明るい先生がとても心配されていたり、どこか塞ぎがちになっていたことが忘れられず、そこから「東北」や「復興」に関心を持つようになりました。大学入学後、夏休みにサービスラーニングセンター主催の「大船渡盛町七夕まつりサポートプロジェクト」に参加し、初めて東北を訪れたのですが、こちらは「何かできることがあればしてあげたい」と思って行ったにも関わらず、逆に地域の方に温かく迎えていただき、何から何までお世話になってしまったんです。「復興支援って何だろう」と自問自答していた時に、秋の学園祭でそよ風届け隊の活動を知り、地域の方と同じ目線で、一緒になって活動をしている隊の姿勢に共感し、参加することにしたんです。
――では、そよ風届け隊の主な活動内容をお教えください。
隊の設立当初はいわき市の仮設住宅で足湯を使った傾聴ボランティアを行っていたのですが、そこで深いつながりができた方とのご縁で、2015年の避難解除を機に楢葉町に拠点を移し、活動を続けています。私達の活動の基本は「名前と顔がわかる関係をつくろう」という想いに込められており、一方的に何かをする、してもらう関係ではなく、交流を深めていきながら信頼関係を構築し、町の皆さんが望んでいることをサポートするところからいろいろな活動が生み出されてきました。例えば年に6回、町の広報に同封してお届けしている「ならはかわら版」は、創刊号から取材や原稿制作等に関わらせていただいたり、避難指示解除から初めての夏休みとなった2016年と、私が代表だった2017年の2回、帰郷した子どもたちの思い出作りのために「めちゃめちゃよくばりキャンプ」を、京都で学習活動を支援する団体と一緒に実施しています。他にも、2018年からは町の休耕地を町民の皆さんと私たち学生で一緒になって耕し、作物を育てる「畑プロジェクト」を実施し、収穫した野菜は楢葉町だけでなく、京都でも販売しました。

現地で知ったことを、京都で発信することの意味とは。

――京都では、映画の上映会も開催したそうですね。
私達の活動のもう一つの軸が、「現地で学んだことの発信・共有」で、福島で得た経験や学び、気付き、そして生の声を京都に持ち帰り、より多くの方に知っていただきたいと思い、2017年に企画・実施しました。津波で両親と2人の子どもを亡くし、さらに原発事故で避難を余儀なくされた南相馬市の消防隊員、上野さんご家族の5年の歳月を記録したドキュメンタリー映画「Life 生きていく」の上映会と、監督の笠井さん、そして主人公の上野さんをお招きしたトークショーを、立命館大学朱雀キャンパスで開催し、90名近くにご来場いただきました。また京都を含め関西では、東日本との距離の関係もあり、被災地への興味が薄れていくのが早く、また原発事故による放射能被害に対する正しい知識や情報が伝わってないことを私たちも危惧していましたので、福島県庁広報課と立命館災害復興支援室にご協力いただき、現在の復興の様子等の展示を会場内で行っていただきました。結果、多くの方に福島の現状、そして正しい情報を知っていただくことができたのは、とても嬉しかったですね。
――そこまで活動に打ち込めた、その原動力は何だったのでしょう?
やはり楢葉町の方々とのつながりですね。基本、毎月1回は訪問していたのですが、行くたびにいろんな方との関係性が広く、そして深くなっていくことがとてもうれしくて、町民の皆さんには感謝の気持ちしかありません。先日も町民の方の結婚式にご招待いただいたり、京都にお越しの際にはご案内をさせていただく等、隊の活動を超えて一人の人間として認めてくださっていることが、私の4年間のかけがえのない宝物であり、これから社会人生活を迎える上での大きな自信になっています。
――立命館大学に進学したからこそ得られた、貴重な財産になりましたね。
はい、入学当初は学生数も多く、地方出身者や留学生も多いこの学び舎で、自分の視野や可能性を広げるためにいろいろな価値観に触れたいと考えていたのですが、まさかその目標を東北、福島の地で叶えることができるとは思ってもみませんでした。学生時代ではなかなか知り合う事の出来ない年配者の方々と、腹を割ってとことん話し合う事ができたり、同じ志を持った他大生と協力することで新たな発見ができたり、そして何より「そよ風届け隊」を共に支える仲間に出会うことができたのは、これまで隊の活動を続けてきてくれた先輩たち、そしてそれを支援してくださった大学関係者の方々のおかげだと思いますし、本当に感謝しています。

これからは自身の地元の発展に貢献したい。

――そうした感謝の気持ちが、進路選択の決め手になったそうですね。
楢葉町の皆さん、大学の方々、そして友人や関わってくださった全ての方に恩返しをするにはどうすればいいか・・・。当初は楢葉町で働くという選択肢も考えてみました。ですが東北・福島の皆さんが何とか自分たちの故郷を元気にしようと頑張っている姿を見て、ここで培った自分の強みをこれからは自分の地元で発揮し、貢献したいと考え、関西の交通インフラ系企業への就職を決意しました。

私が東北・福島の方々から学び、今後一番大切にしたいことが「当たり前に感謝する」ことです。多くの方が日常を一瞬で奪われ、それまで当たり前だったことがいかに尊いか、いかにかけがえのないものだったかを、多くの方が私に語ってくれました。交通インフラは私たちにとって当たり前にある存在ですが、これらがなければ人、モノ、地域のつながりを支えることはできません。ですから私は、そんな当たり前を支えることで、人々の豊かで快適な暮らしを支え、関西の発展に貢献するとともに、いつ来るかわからない大災害に備え、多くの人の命、そして日々の営みを守っていきたいと考えています。
――これからも福島、楢葉町とのつながりは大切にしていくそうですね。
先日、楢葉町にあるJビレッジで開催されたマラソン大会に参加したのですが、初挑戦にもかかわらず、ハーフマラソンで2時間切りという好タイムで完走することができたんです。地元の方の応援もすごく励みになりましたし、何よりとても楽しくて、一気にマラソンの魅力にはまってしまいました。これまでは使命感を持って福島を訪れ、復興に取り組んできましたが、今後は例えば「年に一度はマラソンを走りに来るよ」「その時にまた元気で会いましょうね」というような、自分も一緒に楽しめる場所として福島と長く関わっていければいいなと考えています。あと、卒業までまだ少し時間がありますので、なるべく多く足を運んで、たくさんの方に感謝の言葉を伝えたいと思います。

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