ジョブローテーションとは、従業員の能力向上のために行う戦略的な人事異動制度です。従業員にさまざまな部署や業務を体験させることで、応用力の高いスキルや多角的な視点を身に着けさせられますが、問題点も抱えています。
そこで本記事では、ジョブローテーション制度の意味や目的、導入するメリットとデメリットを詳しく解説します。
働き方や雇用方法が変わりゆく現代社会の中で、今後どのようにジョブローテーションを行っていけばよいのか、注意すべきポイントも紹介するのでぜひ参考にしてください。
ジョブローテーションとは
ジョブローテーションとは、企業内での定期的な部署異動や担当職務の変更をする制度です。従業員の能力向上と人材開発のために行う戦略的人事異動のことを指します。
ジョブローテーションは単純な配置転換ではなく、長期的な目線で人材育成をする制度です。一人の従業員にさまざまな部署や業務を経験させることで、応用力を磨き、企業全体を把握する幹部候補者を育成します。
一般的な人事異動と異なる点は、配置転換を行う「目的」です。人事異動では昇格や降格、勤務地変更や職種変更、定年退職などで配置転換をします。一方、ジョブローテーションは人材育成や組織の活性化、業務の標準化といった経営戦略が目的となります。
ジョブローテーションを導入する目的
ジョブローテーションの目的は、大きく分けて「人材育成」「企業全体の把握」「業務の属人化防止」の3つです。それぞれ詳しく解説します。
人材育成
ジョブローテーションを行うと、社内メンバーの一人ひとりにさまざまな業務を経験させることが可能となります。そのため人材育成がしやすくなるとともに、さまざまな業務を経験した上での適性判断もできます。
このような目的から、ジョブローテーションはメンバーシップ型雇用の新人研修に用いられることが多くなっています。メンバーシップ型雇用とは、これまで日本で主流となっていた雇用方法です。
メンバーシップ型雇用では、企業の求める人物像に合った人材や長く勤続できそうな人材を新卒一括採用し、適性を判断してから配属部署を決定します。その後、部署異動や転勤などでさまざまな業務を経験させて、人材育成を行います。この際に取り入れられていることが多いのがジョブローテーションです。
一方、近年増加傾向にあるジョブ型雇用では、基本的に部署異動や転勤はないため、ジョブ型雇用ではジョブローテーションを行いません。
企業全体の把握とモチベーション管理
定期的にさまざまな部署に異動してそれぞれの業務を経験することで、企業全体の流れや動向を把握し、多面的・多角的な視点で働ける幹部候補を育てられます。
そのためジョブローテーションには、企業全体を把握した管理職候補となる人材を育成するという目的もあります。
また、同じ業務を行い続けると、ルーティーン化してモチベーションが低下する可能性があります。しかし、ジョブローテーションでは定期的に配置換えが行われるため、モチベーションの低下を防ぐことができます。
さらに、さまざまな部署を異動することで企業全体の動きや業務の連携を理解し、企業への愛着や部署同士の交流も生まれやすくなります。コミュニケーションが活性化すればモチベーション管理に役立つことに加え、部署間の連携がスムーズになることで生産性アップも期待できます。
業務の属人化を防ぐ
長く同じ業務に関わると、その人しか業務を理解していない「ブラックボックス化」とも呼ばれる業務の属人化が起こる可能性があります。
ジョブローテーションは定期的に配置転換をするため、複数の従業員が入れ替わって同じ業務を行えるようになります。そのため、業務の属人化を防ぐことが可能です。
また、業務が一極集中していると一人の従業員への負担が大きくなる場合もあるでしょう。ジョブローテーションで複数の従業員が同じ業務を理解し、情報を共有している状態なら、従業員のワークライフバランスも整えやすくなります。
ジョブローテーションを導入するメリット
ジョブローテーションを導入するメリットは次の通りです。
- 適材適所の配置
- 部門を越えた社内ネットワーク構築
- 業務効率化と標準化
それぞれ詳しく解説していきます。
適材適所の配置
企業の利益を向上させるためには、適材適所への人員配置が大切です。ジョブローテーションでは、幅広い部署の業務や現場を経験させることで、従業員の適性を判断できます。したがって、適性を見極めたうえで適材適所への人材配置が行えるでしょう。
特に新卒の新入社員は、どの業務に適性があるのかを見極めるのが難しい場合もあります。しかし、ジョブローテーションでさまざまな部署や業務を体験すれば、強みや苦手分野が明らかになり、適性が判断しやすくなります。
従業員としても、業務における自分の得意・不得意が発見できることで、今後のキャリア形成にも役立つでしょう。さまざまな業務を経験し、応用力の高い複数のスキルや多角的な視点を持つこともできます。
また、ジョブローテーションでは新入社員が「この仕事は合わない」「職場の人たちと合わない」とミスマッチを感じて離職することも防止できます。定期的に配置転換を行うため、業務内容や職場環境も定期的に変わるからです。
「最初の現場は合わないと思ったけれど、配置転換になり、次の業務は自分に向いていた」という場合は、従業員が離職を思いとどまるケースもあるでしょう。たとえ「合わない」とミスマッチを感じても、ある期間を過ぎれば配置換えが行われることがわかっていれば、すぐに離職することを防げるケースもあります。
部門を越えた社内ネットワーク構築
ジョブローテーションでは、異動した先々で人間関係や交流が生まれます。そのため部門を越えた横断的な社内ネットワークが構築できます。
一つの部署で長い間働いていると、同じ部署内や業務上関わるメンバーとの交流のみに限られてしまいがちです。しかし、ジョブローテーションによって社内に部署や部門を超えたネットワークができれば、業務連携がしやすくなります。
他部署との合同プロジェクトや企業全体のイベントなど、部署や部門を超えて連携を取る必要がある場合でも、スムーズに調整ができるでしょう。
部署間での連携が取りやすくなれば、部署や部門を超えたコミュニケーションも活性化します。その中で新しいアイデアやイノベーションが生まれる可能性もあるでしょう。
コミュニケーションが活性化すれば社内全体の雰囲気も良くなり、一体感のある組織作りも可能となります。
業務効率化と標準化
ジョブローテーションでは人員を流動させるため、業務の属人化を防ぎながら、基本的に誰でも対応できるように業務を標準化させることができます。
この標準化によって、業務の効率化や人員が欠けた場合に流動的な対応が可能となるでしょう。ジョブローテーションで同じ業務を理解している従業員が複数いれば、欠勤や急な退職、異動などの不測の事態が起きても、代替要員をすぐに用意できます。
誰でも対応可能な状況を作っておけば、産休や育休、介護休暇などで一定期間人員不在となるポジションができる場合にも、柔軟に対応できるでしょう。
多様な働き方が求められる現在、従業員のワークライフバランスを整えられる環境作りも大切です。
ジョブローテーションを導入するデメリット
ジョブローテーションのデメリットは次の通りです。
- 教育コスト・教育担当者の負担の増大
- スペシャリスト育成が困難
- 異動直後のパフォーマンス低下
それぞれのデメリットを詳しく解説します。
教育コスト・教育担当者の負担の増大
ジョブローテーションでは、異動を行うたびに移動先での教育担当の配置や教育体制をととのえる必要があります。
教育に時間をかけてその業務に慣れてもらっても、定期的に異動するジョブローテーションではすぐに他部署へ異動してしまいます。そのため、教育にかかる人的・時間的コストが増大することがデメリットです。
迎え入れる側の部署でも、常に教育担当者が新人同様の従業員に付いて教育を行わなければなりません。教育担当者は本来の業務に割ける時間が少なくなり、負担を感じるケースもあるでしょう。また、転勤となれば転勤に伴う費用もかかります。
このようにさまざまなコストをかけて教育しても、その従業員が離職してしまう可能性もあります。一つの職場で安定して勤続できないことをマイナスに感じる従業員もいるでしょう。
ジョブローテーションは長期雇用が前提の制度であり、コストをかけて教育した従業員が早期離職した場合、企業にとって大きな損失となります。
スペシャリストの育成が困難になる
短期間に異動を繰り返すジョブローテーションでは、その分野に特化したスペシャリストを育成するのが難しくなるケースがあります。
ビジネスがグローバル化した現代では、国際競争力を高める必要があります。国際競争力を高めるには、専門性の高いスペシャリストが不可欠だと言えます。スペシャリストの育成ができないと、専門性の高い人材を雇用する「ジョブ型雇用」が主流のアメリカやヨーロッパ諸国、ジョブ型雇用を取り入れている国内の競合他社に遅れを取る可能性があります。
また、専門性の高い人材は、ジョブローテーション制度のもとでは自分の得意分野のスキルを発揮できないケースもあります。さまざまな業務や部署を異動するため、自分の専門外の業務に不満を感じることもあるかもしれません。
そういった場合、より好条件の他社専門職へ転職してしまうリスクが考えられます。専門性の高い人材の流出も、企業にとっては大きな損失です。
異動直後のパフォーマンス低下
ジョブローテーションで異動した直後は、従業員にとって新しい環境で慣れない仕事に就くことになります。
そのため、わからないことや慣れない仕事に時間がかかり、本来のパフォーマンスが発揮できない傾向があります。受け入れる部署側も、教育や新人のフォローに人員が割かれるため、部署全体としてのパフォーマンスが低下する可能性もあります。
また、能力の高い従業員を異動させた場合、異動元の部署でその分の業務負担が増えてしまうケースもあります。その場合、周りの従業員の不満がたまる原因にもなりかねません。
さらに、環境の変化がストレスとなる従業員にとっては心的負担が増えるケースや、希望と異なる業務への異動で不満を感じ、退職してしまうケースも考えられるでしょう。
ジョブローテーションを導入する際の注意点
働き方改革や雇用方法が変化していく中で、ジョブローテーション制度を活かしていくにはどのようなポイントに留意すればよいのでしょうか。現代社会の中でジョブローテーションを活かすためのポイントを解説します。
従業員の希望やキャリアビジョンに沿ったローテーションをする
働き方に対する価値観が多様化している現在、「働き方は人それぞれで、自分が決めるものである」という考え方が広がっています。そのためジョブローテーションも、働く人のキャリアビジョンや希望など、「主体性に応える機会の提供」として実施する視点が必要です。
導入事例として「キャリアチャレンジ制度」や「グローバルチャレンジ制度」が挙げられます。キャリアチャレンジ制度は、従業員が自身の成長やキャリアデザインのために、自ら異動希望を出せる制度です。
具体的には、年に2回程度の決められたタイミングに、募集ポジションの詳細を社内報やポータルサイトで提示します。キャリアチャレンジを希望する従業員からの申請を受け、これまでの成果アピールやキャリア形成の希望などを聞いて異動の判断を行います。
グローバルチャレンジ制度は、キャリアチャレンジの一環として、海外の拠点やグループ会社などへの異動希望を従業員自らが出せる制度です。このようにこれからのジョブローテーションは、これまでの会社都合から個人由来へと変化していく必要もあるでしょう。
目的を明確にして共有する
ジョブローテーションを成功させるには、「なぜジョブローテーションをやるのか」といった目的を明文化することが大切です。明文化した目的は、人事担当・異動対象者・異動先の教育担当や関わる従業員全員と共有しておく必要があります。
明確な目的を理解し共有することで、現場の不満を生みにくくできるでしょう。たとえ短期間の現場や部署であっても、従業員と企業の双方にとって無駄ではなく、従業員のキャリア形成や幹部候補育成に役立つという意識が大切です。
また、異動後の従業員や受け入れ側の負担を軽減するため、十分なサポート体制を整えておきましょう。起こり得る問題点への対策を講じておくことも必要です。
たとえば、新しい部署に配属された従業員の不安に対して相談に乗るサポートや、受け入れ側の負担を軽減するための教育専任者を配置することで、現場の問題や従業員の不安を解消しているケースもあります。
必要に応じて、1on1などの面談やコミュニケーションの機会を設けるのもよいでしょう。
従業員のキャリア希望に沿う視点でジョブローテーションを成功させよう
ジョブローテーションには、さまざまなメリットがあります。企業としては適材適所への人員配置や幹部候補者の育成、業務の標準化や効率化が可能です。
従業員としても、さまざまな部署や業務を経験することで応用力の高いスキルや多角的な視点を身に着けることができます。また、自身の強みや苦手分野を把握し、キャリア形成のビジョンも描きやすくなるでしょう。
このようなメリットがある反面、ジョブローテーションは問題も抱えています。企業にとっては教育コストがかかり、スペシャリストの育成が困難です。従業員にとっては一つの職場で長期間勤続できず、異動のたびに新しく業務を覚えなければなりません。
対策を講じ、ジョブローテーションを導入する目的を明確にして、メリットを最大限活かせる形で導入しましょう。
就職・転職・採用を筆頭に、調査データ、コラムをはじめとした担当者の「知りたい」「わからない」にお応えする、株式会社学情が運営するオウンドメディアです。