近年、従業員のモチベーションアップや定着率の向上などをねらって、キャリアパス制度を導入する企業が増えています。
本記事では、キャリアパス制度が注目されている背景や企業が導入するメリットなどを解説します。制度を設ける際の課題や基本的な導入手順も併せて解説するので、自社で導入する際に役立ててください。
キャリアパスとは
「キャリアパス」とは「キャリア=職歴」と「パス=道筋」を組み合わせた言葉で、一つの企業のなかで、従業員が目標とする役職に就くために必要な経験やステップなどの道筋を指します。その道筋を具体的な業務経験やスキルなどの条件とともに企業側が制度として明示したものが、キャリアパス制度です。
企業がキャリアパスを提示することで、従業員は目標とする役職に就くために何をすべきかを主体的に考えられるようになります。たとえば、特定の役職に就くために、昇進試験への合格や一定の業務経験が必要なら、従業員は要件を満たすことを目指して日々の業務に取り組むでしょう。
キャリアパス制度は、従業員の主体的なキャリア形成を支援し、モチベーションを向上させる仕組みとして注目を集めています。
キャリアパスと類似用語の違い
キャリアパスと類似した言葉に、キャリアプランやキャリアデザイン、キャリアアップなどがあります。同じ「キャリア」という言葉が使われていますが、それぞれ意味が異なります。
用語 |
意味 |
キャリアパス |
従業員が目標とする役職に就くために必要な経験やステップなどの道筋のこと |
キャリアプラン |
自身の職歴に関する将来の目標に向けて自発的に計画を立てること |
キャリアデザイン |
プライベートも含めた将来の目標に向けて自発的に構想を練ること |
キャリアアップ |
知識や経験、スキルを身に付けて役職や経歴を高めること |
キャリアプランとの違い
「キャリアプラン」とは、自身の職歴に関する将来の目標に向けて自発的に計画を立てることです。企業側から従業員に必要な情報・道筋を提示するキャリアパスと異なり、キャリアプランは従業員個人が主体的に計画を行います。
従来の日本では終身雇用制度が定着していたため、一つの企業で定年まで勤め上げることが一般的でした。しかし、近年は終身雇用制度の崩壊により個人が主体的にキャリアを形成する必要性が高まっています。
キャリアプランはキャリアパスのように一つの企業で働き続けることを前提とせず、キャリアを形成するための転職や独立も視野に入れて考えます。
キャリアデザインとの違い
「キャリアデザイン」は、個人が将来の目標に向けて自発的に構想を練ることです。
キャリアプランとの大きな違いは、計画の対象になる範囲です。キャリアプランの場合、計画の対象が職歴に限られます。一方、キャリアデザインは計画の対象が職歴だけでなく、プライベートを含めた生き方にまで及びます。
自己実現に向けて、自身の職業や人生を主体的に設計するのがキャリアデザインです。
キャリアアップとの違い
「キャリアアップ」とは、知識や経験、スキルを身に付け、役職や経歴を高めることです。具体的には、営業経験を積んで営業部長に昇進する、アルバイトから正社員になるなどがあげられ、仕事の幅や裁量が広がり、任される役割も大きくなります。
目標とする役職までの道筋であるキャリアパスに対し、キャリアアップは道筋の途中で必要なステップの一つです。また、作成したキャリアプランを実現するステップの一つにもなるため、企業内での昇進・昇格だけでなく、転職や独立も含まれます。
キャリアパス制度が注目されている背景
近年、キャリアパス制度の導入に動く企業が増えています。その背景には、働き方の多様化や労働力不足の深刻化があります。
日本型雇用慣行が変化しているため
従来の日本は、終身雇用制度や年功序列型賃金制度により、就職後は一つの企業で定年まで勤め上げ、年齢に応じて給与が上がることが一般的でした。近年は社会情勢の変化に伴って既存の制度が崩壊した上、ライフスタイルや価値観の変化により、働き方が多様化し、キャリアの選択肢も増えています。
たとえば、テレワークの普及により、育児や介護などのライフイベントと仕事の両立が可能になったことに加え、勤務地の制約も減少しつつあります。ほかにも、副業の解禁により、社外に活躍の場やスキルアップの機会を求める人が増えています。
従来のように「一社で勤め上げる」といったわかりやすい道筋がない現状に対して、企業として指標となるキャリアパスを提示する必要が出てきていると言えるでしょう。
時代の流れを受け、一人ひとりが主体的にキャリアを形成することが求められています。企業が目指すべきキャリアパスを示すことは、従業員が自律的なキャリアを形成する上で役立ちます。
継続的に人材を確保するため
近年は少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少により、多くの業界が労働力不足に陥っています。厚生労働省の「労働経済動向調査(令和3年8月)の概況」によると、調査産業全体で34%がすでに労働力不足の状態であることがわかっています。
産業 |
労働力不足の割合 |
全体 |
34% |
建設業 |
50% |
製造業 |
35% |
情報通信業 |
35% |
運輸業・郵便業 |
42% |
卸売業・小売業 |
18% |
金融業・保険業 |
10% |
不動産業・物品賃貸業 |
33% |
学術研究・専門・技術サービス業 |
34% |
宿泊業・飲食サービス業 |
16% |
生活関連サービス業・娯楽業 |
33% |
医療・福祉 |
45% |
サービス業 |
31% |
建設業の50%は労働力不足となっており、ほかの業界よりも深刻度が増している状況です。
※出典元:「労働経済動向調査(令和3年8月)の概況」(厚生労働省)(https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/keizai/2108/dl/8roudoukeizaidouko.pdf)
生産年齢人口の減少により多くの業界で労働力不足が課題となるなか、新たな人材の獲得が難しくなっています。事業を安定的に継続させるためには、優秀な人材を確保するだけでなく、人材の流出を防ぐ必要もあります。
人材を確保しても、入社後にキャリアの将来像をイメージできなければ離職につながる恐れがあります。企業から従業員に対してキャリアパスを提示することで、従業員のモチベーションと定着率を向上させようとする企業が増えています。
企業がキャリアパス制度を設けるメリット
キャリアパス制度を導入する企業が増えている理由の一つは、企業や従業員にさまざまなメリットをもたらすことが期待できるためです。従業員の定着率やモチベーションの低下などを課題として抱える企業は、キャリアパス制度の導入が課題解決の糸口となるかもしれません。
定着率の向上が期待できる
企業がキャリアパス制度を導入すると、従業員の離職の低減が期待できます。
多くの業界で労働力不足が深刻化するなか、事業を安定的に継続するためには、従業員の定着率向上が重要です。従業員が定着しない場合、将来リーダーになり得る人材を育成するのも難しくなるでしょう。
あさがくナビの「20代の仕事観・転職意識に関するアンケート調査(魅力を感じる募集形式)2023年8月版」では、幹部候補を育成するキャリアパス制度がある企業に魅力を感じている20代の社会人が多いことがわかっています。
キャリアパス制度がある企業に魅力を感じている社会人のなかからは、「キャリアアップの機会がある求人は魅力を感じる」「キャリアパスが明確だと自身の希望と合致するか判断しやすい」という声も寄せられました。
※出典元:「20代の仕事観・転職意識に関するアンケート調査(魅力を感じる募集形式)2023年8月版」(あさがくナビ)(https://service.gakujo.ne.jp/jinji-library/report/230822/)
キャリアパスを提示すれば、従業員が具体的なキャリアプランを持ちやすくなるため、離職を防止し、定着率の向上が期待できます。
求職者へのアピール材料になる
キャリアパス制度は、人材市場で企業の魅力として求職者にアピールできます。就職を目指す学生や求職者のなかには、企業の研修や教育制度を重視している人も多いようです。
あさがくナビの「2024年卒学生の就職意識調査(研修・教育制度)2023年4月版」では、就職活動において研修・教育制度を知ると「志望度が上がる」「どちらかと言えば志望度が上がる」と回答した学生は9割に迫りました。
キャリアパス制度が有効に機能していることに加え、先輩従業員の成功事例を提示できれば、求職者への良いアピールポイントになります。企業の魅力として積極的に訴求すれば、志望度の上昇も期待できるでしょう。
※出典元:「2024年卒学生の就職意識調査(研修・教育制度)2023年4月版」(あさがくナビ)(https://service.gakujo.ne.jp/jinji-library/report/230426)
キャリアパス制度が有効に機能していることに加え、先輩従業員の成功事例を提示できれば、求職者への良いアピールポイントになります。企業の魅力として積極的に訴求すれば、志望度の上昇も期待できるでしょう。
従業員のモチベーションが向上する
キャリアパスが明確になると、従業員は社内での将来像をイメージしやすくなり、モチベーションアップが期待できます。
昇進や昇給などの社内における目標が定まれば、従業員は実現に向けてどのようなスキルや能力を身に付けるべきかを把握でき、意欲的に業務に取り組めるようになるでしょう。社内に目的意識の高い従業員が増えれば、企業全体の生産性が向上し、業績アップにもつながります。
採用ミスマッチを防止できる
企業がキャリアパスを提示すると、求職者が「自らが想定するキャリアパスとマッチしているか否か」を判断して応募するため、採用ミスマッチの防止が期待できます。
就職活動中の学生のなかには、採用ミスマッチを防止するために「キャリア形成に関する制度」を重視している人が3割程度いたことがわかっています。
採用ミスマッチを防ぐために重視したい項目(複数回答可) |
割合 |
仕事内容・配属先 |
73.1% |
会社の雰囲気・カルチャー |
61.1% |
働き方(休日休暇・労働時間) |
60.9% |
勤務地・転勤の有無 |
40.9% |
福利厚生 |
40.0% |
キャリア形成に関する制度(異動・昇進など) |
26.9% |
そのほか |
1.4% |
※出典元:「2024年卒学生の就職意識調査(ミスマッチ)2023年3月版」(あさがくナビ)(https://service.gakujo.ne.jp/jinji-library/report/230315)
会社説明会や求人情報などで企業がキャリアパスを提示すれば、将来のキャリアに対する求職者の不安を解消し、採用ミスマッチの防止にもつながるでしょう。
企業がキャリアパス制度を設ける際の課題
企業がキャリアパス制度を導入する際には、従業員の希望に添えない可能性もある、従業員の視野が狭くなるなどの課題があります。課題に直面するとスムーズに運用できなくなるため、事前に対策を検討しておきましょう。
従業員が希望しても昇進できないケースもある
キャリアパス制度がある企業では、役職に就くために必要な経験やスキルなどが明示されているため、目標に向けて業務に取り組む従業員が増える可能性があります。なかには、必要な条件を満たしていても、役職に空きがなくて昇進できないケースも出てくるでしょう。
キャリアパスを提示しても、従業員の希望に添えなければ、モチベーションが低下し、企業への不満から離職につながる恐れもあります。従業員の希望に添えないケースを想定し、フォロー体制を整備しておくことが大切です。
従業員の視野が狭くなる可能性がある
企業がキャリアパスを提示すると、従業員は昇進のために必要な経験やスキルを把握できます。ただし、昇進に必要な条件を満たそうとするあまり、そのほかのスキルや知識を身に付けることが減り、視野が狭くなる可能性があります。
同じような方向性の従業員が増えると、企業全体としても新たな視点を持ちづらく、ビジネスチャンスを逃すリスクがあります。商品やサービスのライフサイクルが短くなっている近年、企業が生き残るためにはイノベーションが必要です。そのためには、広い視野を持って、新しいアイディアを導き出す必要があります。
キャリアパス制度の導入においては、従業員が昇進の基準や条件に固執し過ぎず、俯瞰的に捉えられるような工夫ができるとよいでしょう。
キャリアパス制度の基本的な導入手順
キャリアパス制度は、等級制度・研修制度・評価制度・給与制度の4つが根幹となります。ここからはキャリアパス制度の基本的な導入手順を紹介するので、自社で導入する際の参考にしてください。
1.等級制度を設定する
まずは各職種の等級と業務内容を整理し、求められるスキルや能力、資格などを洗い出しましょう。各職種の等級は、主任や係長、課長、部長などの役職に設定することが一般的です。
役職の設定が難しい職種や同じ役職でも、勤続年数や資格、スキルなどに応じて細かく分類することが大切です。等級を細かく設定することで、従業員が近い将来のキャリアをイメージしやすくなります。
2.研修制度を設定する
ステップ2では、従業員が役職に就くために必要なスキルや知識を身に付けられる研修を設定しましょう。研修は職種や等級に応じて適切な時期に、適切な内容で受けられるように計画することがポイントです。
企業の代表的な研修には、OJT・Off-JT・SDSの3種類があります。
研修の種類 |
内容 |
OJT |
現場で実務を通して学ぶ |
Off-JT |
実務から離れて勉強会やセミナーを通して学ぶ |
SDS |
従業員が自主的に学ぶための経済的なサポートを行う |
社内での研修に限らず、社外で開催される研修を活用するのも有効です。外部の研修には費用がかかるケースもあるため、SDSを導入して従業員の自主的な学びをサポートしましょう。
研修制度の設計においては、複数の研修を組み合わせることが効果的です。
3.評価制度を設定する
ステップ3では、ステップ1で設定した等級別の評価制度を設定します。一般的な評価制度には、能力評価・業務評価・情意評価の3種類があります。
評価制度の種類 |
内容 |
能力評価 |
従業員の能力やスキルをもとに評価する |
業務評価 |
従業員が出した成果をもとに評価する |
情意評価 |
従業員の仕事に対する姿勢や意欲、勤務態度をもとに評価する |
評価制度は、社会情勢や働き方などの影響によって設定されるケースも珍しくありません。近年は、バリュー評価や360度評価などが評価制度のトレンドになっています。トレンドを上手に取り入れることで、従業員の働きやすさを意識した評価制度を設定できるでしょう。
4.給与制度を設定する
ステップ4では、ステップ1で設定した等級に応じた給与制度を設定します。等級が上がるにつれて責任が伴い、求められる能力も高くなるのが一般的です。等級に応じて給与が上がるように設定しましょう。
設定した給与制度は、すべての従業員が確認できるように開示することも大切です。透明性を確保できるだけでなく、従業員のモチベーション向上を促す効果が期待できるからです。
5.フォローアップ体制を整備する
最後にキャリアパス制度のフォローアップ体制を整備します。キャリアパス制度は従業員に正しく理解してもらい、活用されなければ効果が期待できません。
従業員のキャリアアップを促すためにも、定期的な面談や異動した従業員のサポートなど、フォローアップ体制を整備しましょう。昇進の条件を満たしているにも関わらず、役職に空きがなくて昇進できない従業員をフォローする仕組みも必要です。
キャリアパス制度を設定する際のポイント
企業がキャリアパス制度を設定しても、効果的に運用できるとは限りません。制度の運用を軌道に乗せるために、いくつかのポイントをおさえておきましょう。
ロールモデルを提示する
キャリアパスを従業員に意識してもらうためには、ロールモデルを提示することが大切です。社内にロールモデルがいれば制度の説得力が増し、従業員が自身の将来像を具体的にイメージしやすくなります。
たとえば、若くしてプロジェクトを成功に導いた従業員、出産や育児を経て管理職に就いた女性従業員などです。
育児や介護などのプライベートな事情により、離職を余儀なくされる人も少なくありません。ライフイベントと両立しながら働き続けるロールモデルがいれば、離職の防止や定着率の向上が期待できるでしょう。
複数のキャリアパスを設定する
キャリアパスが一つしかない場合、ビジネス環境の変化に対応しきれない可能性があるため、複数のキャリアパスを設定するようにしましょう。ビジネス環境の変化とは、経営方針の転換や業績の悪化、従業員のライフイベントなどです。
経営方針の転換によって目標としていた役職が廃止されたり、ライフイベントの影響で従業員自身が目指す目標を変更したりすることがあります。環境や状況の変化に柔軟に対応できるキャリアパスを提示することで、選択肢が広がり、従業員のモチベーションアップが期待できます。
必要なスキルや能力を明確にする
目標が曖昧だと達成が難しくなるため、必要なスキルや能力は明確にすることが大切です。営業職の昇進条件には「〇件以上の契約実績」、事務職の昇進条件には「○○試験への合格」など、具体的でわかりやすい基準を設定しましょう。
キャリアパスのなかで必要なスキルや能力が具体的に示されていれば、目標の達成に向けてどのように行動すべきかを把握しやすくなります。ただし、高過ぎる目標は達成するイメージを持ちづらく、モチベーションの低下につながりかねません。短期目標・中期目標・長期目標に分けてキャリアパスを適切に設定できるとよいでしょう。
キャリアパスを制度化して新たな人材確保と定着率の向上を目指そう
キャリアパス制度は、従業員の自律的なキャリア形成をサポートし、モチベーションを向上させます。企業にとっても、生産性や定着率が向上し、採用時のアピール材料として活用することで、優秀な人材の確保が期待できるなどのメリットがあります。
導入にあたっては、必要なスキルや能力を明確にし、ロールモデルを提示することで、従業員が自身の将来像を描きやすくすることがポイントです。同時に、制度が従業員に正しく理解・活用されるよう、フォローアップ体制の整備が必要です。
社会情勢の変化に伴い、従業員のキャリアや働き方への意識が変わることもあります。キャリアパス制度の導入後も、従業員とコミュニケーションをとりながら定期的に制度を見直すことで、安心して働き続けられる環境を構築しましょう。
就職・転職・採用を筆頭に、調査データ、コラムをはじめとした担当者の「知りたい」「わからない」にお応えする、株式会社学情が運営するオウンドメディアです。