正常性バイアスとは?ビジネスシーンで起こりがちな具体例とその対策を紹介
2023.10.27
正常性バイアスとは、危機的状況に見舞われても正常であると誤認してしまう心理状態です。異常だと認識できなければリスクヘッジに遅れが生じ、さまざまなトラブルを巻き起こす懸念があります。
正常性バイアスは日常生活だけでなくビジネスシーンでも起きる可能性があるため、企業や担当者はリスクを把握し、対策を講じておかなければなりません。
この記事では、ビジネスシーンで正常性バイアスが働く事例や企業へ及ぼす悪影響などを解説します。
正常性バイアスとは
正常性バイアスとは、緊急事態が発生しても「正常の範囲内である」と判断し、平静を維持しようとする心理状態を指します。バイアスには、偏見や先入観などの意味があります。
正常性バイアスは、人間が健やかに生きるために必要な心のメカニズムです。本来はいつ発生しうるかわからない事象に対する過度な恐怖や不安を軽減し、精神的安定を図るために備わっています。しかしその一方で、災害や事故などの緊急事態が発生したときに、事態を過少評価し、対応を遅らせてしまう作用もあります。
正常性バイアスが働く事例
正常性バイアスが働くと、日常生活だけでなくビジネスシーンでもさまざまな悪影響をもたらす場合があります。実際に正常性バイアスが働いた事例を紹介するので、そのリスクの大きさを具体的にイメージしてみてください。
日常生活における事例
まずは、日常生活のなかで正常性バイアスが働いた事例を紹介します。
【事例1】大規模災害
2011年3月11日に発生した東日本大震災では、正常性バイアスが大きく影響したと言われています。男女共同参画局の「平成24年版男女共同参画白書」によると、15,000人を超える死亡者のうち、90%以上が津波に巻き込まれての溺死だとわかっています。
※出典元:「平成24年版男女共同参画白書」(男女共同参画局)
津波による死亡者が多かった原因の一つは、多くの人の避難が遅れたことです。地震の発生から津波が襲うまでには、一定の時間がありました。しかし、「これまでも大きな被害にはならなかったから今回も大丈夫だろう」という正常性バイアスが働いた結果、避難する判断を妨げた可能性が考えられます。
また、2018年6月~7月にかけて発生した平成30年7月豪雨でも、東日本大震災と同様のケースが見られました。気象庁は河川の氾濫や土砂崩れなどの水害を懸念し、豪雨発生前から大雨警報を発令していましたが、「水害は発生しないだろう」という正常性バイアスが働いたことにより、多くの人が逃げ遅れたとされています。
【事例2】感染症拡大
2020年初頭からは新型コロナウイルス感染症が世界的に拡大しましたが、コロナ禍においても正常性バイアスが働いた可能性があると言われています。
感染症の拡大により、不要不急の外出制限や3密の回避など、これまでにはなかった生活スタイルを人々は強いられました。
その結果、一部の人は「自分は感染しないだろう」「身内だけでの飲み会程度なら大丈夫だろう」と考えて不要不急の外出をするケースや、3密を気にせず行動するケースも見受けられました。
ビジネスシーンにおける事例
正常性バイアスは、ビジネスシーンでも起きる可能性があります。ここからは、ビジネスシーンにおいて正常性バイアスが働きやすい事例を紹介します。
【事例1】オフィスビルでの火災
消防法第6条と第36条では、オフィスビルに入る企業の防災管理者に対し、災害時に適切な対応ができるよう、定期的な点検や防災訓練を義務づけています。
実際に火災が発生した際には、防災訓練での経験をもとに避難しなければなりません。しかし、火災が発生しても一部の人に正常性バイアスが働き、「火災報知器の音は点検中の誤作動に違いない」「火災は発生しないだろう」といった心理状態になり、事態を過小評価してしまうパターンがあります。
【事例2】ブラック企業
政府主導で働き方改革が推し進められるなかで、ブラック企業と言われる存在も浮き彫りになっています。ブラック企業では極端な長時間労働や過剰なノルマ、残業代の未払いなどの劣悪な労働環境が問題視されています。
肉体的あるいは精神的ダメージを受けつつも、生活のために離職を決断できない人も少なくありません。ブラック企業で働く人のなかには、異常な労働環境であるにもかかわらず正常性バイアスが働き「このくらいの働き方は当然」「ほかの企業も同じように不正をしている」と認識してしまうことがあります。
【事例3】ハラスメント行為
近年は、職場でのハラスメント行為に対して関係者が声を上げるケースも増えてきました。しかし正常性バイアスが働くと、たとえハラスメント行為を受けたり目撃したりした場合でも「これはハラスメント行為に該当しない」と思い込んでしまう可能性があります。
従業員にこのような考え方が生じると、ハラスメント行為が起きやすい環境を作ってしまう要因になるので注意が必要です。職場でのパワハラやセクハラなどに対して、第三者が見て見ぬふりをした場合、違反行為の常態化に拍車をかけるでしょう。
【事例4】採用活動
正常性バイアスは、採用活動に影響をおよぼすケースもあります。もし、採用担当者が会社説明会で求職者に「自社は不祥事を起こしたことがないので、今後もあり得ません」と説明しても、それは主観であり、今後不祥事が起こらないかどうかは現時点でわかりません。
正常性バイアスが働くと、自社の現状を都合よく解釈してしまい、誤った情報を求職者に伝えてしまう危険性があるでしょう。
また、面接でも正常性バイアスがネガティブに働くことがあります。面接官の先入観によって好き嫌いや偏見などが評価に反映されると、正しい判断ができなくなり、採用ミスマッチを引き起こす要因にもなり得ます。
正常性バイアスが企業に及ぼす悪影響
多数の従業員のなかで正常性バイアスが働くと、企業にさまざまな悪影響を及ぼします。企業は正常性バイアスが働くリスクを理解し、対策を講じる必要があります。具体的な悪影響の例は次のとおりです。
ルールが順守されなくなる
企業でさまざまなルールが定められていても、正常性バイアスが働いている状況下では、従業員は「自分くらいルールを守らなくても大丈夫だろう」と都合よく解釈してしまいがちです。同様の解釈をする従業員が増えるとルールを順守しない風潮が浸透し、予期せぬミスや事故につながる恐れがあります。
労働基準法では常時10人以上の従業員を雇用する企業に対し、就業規則の作成と届出を義務付けています。
※出典元:「e-GOV法令検索」(労働基準法)
また、企業によっては、就業規則とは別に独自の社内ルールを策定しているところもあるでしょう。就業規則や社内ルールは快適に働くために必要なルールだからこそ、すべての従業員が順守する必要があります。
公正な評価ができなくなる
人事評価の担当者が正常性バイアスに陥ると、「自分の評価は正しい」と思い込み、公正な評価ができなくなる可能性があります。人事評価は従業員のモチベーションに大きく影響するため、担当者は公平な評価を心がけなければなりません。
厚生労働省の「令和3年雇用動向調査結果の概要」によると、転職入職者が前職を離職した個人的理由として、「そのほかの理由」を除くと「能力・個性・資格を生かせなかった」が男性で6位、女性で4位だったことがわかっています。
また、年齢別に見ると、男性では企業の中核を担う40~44歳の10.9%が「能力・個性・資格を活かせなかった」と回答しており、「職場の人間関係が好ましくなかった」に次いで多い結果となっています。
適切な人事評価や、評価に基づいた人材配置がいかに重要かということが見えてくる結果です。
公正な評価ができなければ従業員の不満やモチベーション低下を招き、優秀な人材を手放す事態になりかねないと言えるでしょう。
従業員や企業の成長を妨げる
日常業務のなかで正常性バイアスが働くと、従業員自身だけでなく、企業の成長を妨げてしまう恐れがあります。
たとえば、仕事の進め方に問題がある場合です。正常性バイアスが働くと、「自分の仕事の進め方は正しい」という考えにより、「もっと効率の良い方法はないか」「改善点はないか」といった従業員の向上心を妨げてしまいます。あるいは企業に倒産の噂があるにもかかわらず、「自社は倒産しないから安心」と危機感を持たなくなる可能性もあります。
企業が成長し続けるためには、従業員一人ひとりの能力を最大限活かせる環境を構築する必要があります。しかし、企業が最適な環境を提供しても、従業員自身が意識しなければ能力の向上は難しいのが現状です。「自社は大丈夫」と、従業員が正常性バイアスのもと安心しきってしまうと、努力を怠り、成長を妨げる要因になります。
企業ができる正常性バイアスの防止策
正常性バイアスは予期せぬ事態に遭遇したときに働きます。日頃からさまざまな事態を想定し対策を立てておけば、万が一のときでも正常性バイアスが働くリスクを軽減できます。
たとえば、正常性バイアスへの理解を深めておく、予期せぬ事態の発生に備えてルールを策定しておく、先を見通して考える習慣を身につけるなど企業としてできる対策を検討してみましょう。具体的な対策をいくつか紹介します。
正常性バイアスについての啓蒙活動をする
まずは、各従業員が正常性バイアスについて正しく理解するのが大切です。社内報や掲示などでの啓蒙活動が重要です。
正常性バイアスへの理解が乏しいと、災害時に避難が遅れる、ハラスメント行為に対して見て見ぬふりをしてしまうなどマイナスの影響が出る恐れがあります。
どのようなときに正常性バイアスが働き、どのような心理状態に陥るのかを正しく理解していれば、予期せぬ事態に遭遇しても冷静かつ適切に対処できる可能性が高まるでしょう。
「予期せぬ事態」におけるルールを定めておく
予期せぬ事態に陥ったときを想定し、自社の行動指針を定めておくようにしましょう。行動指針を定めておけば、緊急事態が発生してもそれに基づいて対応できるため、正常性バイアスが働きにくくなります。
たとえば「業務でミスが発生した際にはすぐ上司に報告する」、「火災が発生した際にはすぐに〇〇の場所まで避難する」などです。
行動指針は災害時だけでなく、日常業務やハラスメント行為などのあらゆるシーンを想定して定めましょう。
日頃から思考する習慣を身に付けさせる
日頃からあらゆる状況を想定し、思考を停止させない習慣をつけておくことも大切です。正常性バイアスが働くと、「自分は大丈夫だろう」という思考停止の状態に陥るためです。
たとえば自分に直接関係ない事柄に関しても、自分に置き換えて考える、先を見通して考えるなどの思考する習慣を身につければ、いざというときにも思考や行動をし続けられます。研修の一環でロールプレイングを実施するのも良い手段です。
定期的に防災訓練を実施する
防災訓練を行うとともに、訓練の重要性を周知しましょう。企業の防災管理者には、法律で定期的な点検や防災訓練が義務づけられています。避難訓練を行うのは重要ですが、定期的に実施するだけで正常性バイアスにとらわれるのを防止できるわけではありません。
防災訓練は義務化されているため、なかには惰性で参加している従業員もいるでしょう。そういったケースでは訓練の意味が薄れ、むしろ不測の事態が起きた際に正常性バイアスの働きを助長してしまう懸念があります。
従業員一人ひとりが実際の災害やトラブルをしっかり想定し、訓練の意義をより高めるためには、防災管理者が真摯に取り組む姿勢を見せ、訓練の意義を改めて周知するのが重要です。
社内研修を実施する
すべての従業員が正常性バイアスに対する知識を深めるには、社内研修の実施が効果的です。社内報や掲示などの啓蒙活動だけでは、正常性バイアスによるリスクを社内に浸透させきれない可能性があります。社員が主体的に参加する研修を実施しましょう。
災害発生時だけでなく、ハラスメント行為が常態化した環境でも正常性バイアスは働きます。研修を実施してすべての従業員が理解を深めることで、緊急事態や社内トラブルが発生したときでも、事態に気づき冷静に対処できる力が身につきます。
正常性バイアスに対する理解を深めておくことが大切
正常性バイアスは心の均衡を保つために誰もが持っている心の機能です。しかし、異常な状態を認識しづらくなるため、ビジネスシーンで正常性バイアスが働いた場合、トラブルにつながる恐れもあります。
緊急事態が発生したときでも冷静に判断できるようになるには、正常性バイアスの存在を知り、意思決定に偏りが生じる可能性を認識することが重要です。
企業は防災訓練や研修などを通じて、正常性バイアスへの理解が社内に浸透するように努めましょう。正常性バイアスが働くことを防止する力が身につけば、従業員だけでなく、企業の成長にもつながります。
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