人事制度とは、企業が従業員を管理する仕組みのことです。人事制度には、経営戦略の実現や従業員のモチベーション向上などの目的があります。
企業が従業員を適切に管理するためには、変化する社会情勢や働き方に対応できる人事制度に見直すことが重要です。
この記事では、人事制度を見直す際におさえておきたい雇用形態やトレンドなどを解説します。人事制度の見直しが必要なタイミングや基本的な設計手順も解説するので、自社の人事制度を見直す際に役立ててください。
人事制度とは
人事制度とは、企業が従業員を管理するための仕組み全般を指します。広義には、福利厚生や多様な働き方なども含まれています。
人事制度の柱には、「等級制度」「評価制度」「報酬制度」の3つがあります。
「等級制度」は課長や部長などの社内での位置づけ、「評価制度」は等級と現状を加味した従業員の評価、「報酬制度」は等級ごとに給与や賞与などの報酬を決めるためのルールです。
人事制度の内容は、雇用形態によって大きく異なります。雇用形態を絡めた人事制度には、メンバーシップ型人事制度やジョブ型人事制度などがあります。従来は、メンバーシップ型人事制度を採用するのが一般的でした。
しかし、時代の流れに合わせて、近年はジョブ型人事制度が主流となってきています。なお、メンバーシップ型人事制度とジョブ型人事制度の詳細は、「人事制度を考える際におさえておきたい2つの雇用形態」で紹介します。
人事制度の目的
人事制度によって従業員を正しく管理するためにも、制度の目的を改めて確認しておきましょう。
企業が人事制度を導入する目的は、経営戦略の実現と従業員のモチベーション向上です。一つずつ詳しく解説します。
経営戦略の実現
企業が人事制度を導入する目的の一つは、経営戦略を実現することです。経営戦略とは、企業が目標達成のために設定する指針や計画全般のこと。変化する市場や他企業との競争のなかで、企業が成長し利益を出し続けるためには、経営戦略が必要不可欠です。
経営戦略の実現では、経営資源であるヒト・モノ・カネの適切な配置が重要となりますが、そのなかの「ヒト」を上手く管理するための仕組みが人事制度です。従業員一人ひとりの能力を最大限に発揮し、活躍できる環境を整えることが、経営戦略の実現へとつながります。
従業員のモチベーション向上
人事制度で成果や能力などを正しく評価されれば従業員の満足度が高まり、モチベーションアップを期待できます。従業員が自身の能力を発揮するためには、モチベーションを維持または向上させることが何よりも重要です。
企業のなかには、従業員数の少なさや成果が定量的に把握できる職種が多いなどを理由に、人事評価制度を設けていないケースもあります。しかし、適切な人事制度が設けられていないと従業員のモチベーションに影響を与えるため注意が必要です。客観的かつ公平に評価できる人事評価制度を採用することで、従業員も「自分の仕事が適切に評価されている」とモチベーション高く業務を遂行できるようになります。
従業員一人ひとりの能力を伸ばし、組織全体で成長させていくことも人事制度の大きな役割の一つと言えます。
人事制度を構成する3つの要素
前述したとおり、人事制度は、「等級制度」「評価制度」「報酬制度」の3つの柱で構成されています。各制度の関係図は次のとおりです。
この3つの要素を適切に設定することで、バランスの取れた人事制度を作り上げることが可能となります。
等級制度
「等級制度」は、能力や職務、役割ごとに従業員を序列化する制度です。従業員を序列化しなければ評価や報酬、昇格を決めるのが難しいため、等級制度は人事制度の骨格と言われています。
等級制度はさらに、「職務等級制度」「能力等級制度」「役割等級制度」の3種類に分けられます。
「職務等級制度」は業務の価値を分類し、価値に応じて等級を振り分ける制度のことです。「能力等級制度」は、従業員の能力に応じて配置や評価、昇給などを決める制度のこと。
「役割等級制度」は従業員の役割に応じて序列や等級を決める制度のことで、役職や年齢、勤続年数に左右されない特徴があります。難易度や重要度が高い業務で成果を出せば、それに見合う評価を得られるため、ミッショングレード制と呼ばれることもあります。
評価制度
「評価制度」は従業員の勤務態度や成果など、企業が定めたルールに基づいて評価を行う制度です。従業員は、一定の評価を得ることができれば、昇格や昇給、昇進を実現できます。また、従業員のモチベーションにも大きく影響します。
評価をする際には、従業員にフィードバックを伝えることも大切です。今後どのように能力を伸ばしてほしいか、どのような役割を果たして欲しいかを伝えることで、従業員の自主性を高められ、成長を促すことができます。
賃金制度
「賃金制度」は、実績に基づいて従業員の給与や賞与を決める制度です。評価制度と同様に、賃金制度も従業員のモチベーションに大きく影響を与えます。正しく評価されて給与や賞与に反映すれば、企業への帰属意識の向上も期待できるでしょう。
従来の賃金制度では、勤続年数や年齢によって給与や賞与を決めるのが一般的でした。これは、日本に長く根付いていた終身雇用制度や年功序列賃金制度が深く関係しています。しかし昨今では、これら日本特有の雇用体系が変化しつつあり、従業員の待遇を自社の評価制度に基づいて適正に決める企業が増えているのです。
人事制度を考える際におさえておきたい2つの雇用形態
従来は、終身雇用制度や年功序列賃金制度が浸透していたため、従業員の評価に年齢や勤続年数が大きく影響を与えていました。しかし、働き方が多様化しているため、人事制度自体も変化しています。
人事制度を見直す際には、メンバーシップ型やジョブ型などの雇用形態に対応しているかを確認することも大切です。雇用形態に対応していない場合、従業員が正しく評価されないと感じ、企業への満足度やモチベーションの低下につながる恐れがあります。
※本項の参考資料:首相官邸ホームページ「今後の労働法制のあり方」
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/bunka/koyou_hearing/dai1/siryou2.pdf
メンバーシップ型
メンバーシップ型とは、業務内容や勤務場所、労働時間が原則限定されない雇用形態のことです。新卒採用後にさまざまな業務を経験させ、スキルに応じた業務を割り振るスタイルです。
従来は、企業は新卒で多くの学生を採用し、長期間安定して雇用する形態が一般的でした。このような仕組みに対応するために、勤続年数や年齢が重視される傾向にあるメンバーシップ型の雇用形態が主流でした。
しかし、近年ではジョブ型に注目が集まっています。
ジョブ型
ジョブ型とは、職務に適した人材を採用する雇用形態のことです。メンバーシップ型と異なり、従業員一人ひとりに業務内容や責任範囲が職務記述書(ジョブディスクリプション)によって定義されています。ジョブ型では年齢や勤続年数ではなく、実績が重視されます。
欠員を補充したい場合や中途採用の場合は、ジョブ型の雇用となるケースが増えています。
近年はさまざまな理由により、ジョブ型を導入する企業も増えています。また、学生の間でも、ジョブ型を導入している企業への注目が集まっているようです。あさがくナビの「2025年卒学生の就職意識調査(ジョブ型)2023年5月版」では、ジョブ型を採用する企業があればプレエントリーしたいと回答した学生が7割を超えたことがわかっています。
「ジョブ型」採用を実施している企業があれば、プレエントリーしたいですか? |
割合 |
プレエントリーしたい |
27.8% |
どちらかと言えばプレエントリーしたい |
44.7% |
どちらとも言えない |
23.9% |
どちらかと言えばプレエントリーしたくない |
1.0% |
プレエントリーしたくない |
2.5% |
プレエントリーしたいと回答した学生からは、「自身のスキルや能力を活かせる環境で仕事をしたいと思う」「どのような仕事をするか明確だとミスマッチも起こりにくいと思う」などの声が寄せられています。
ジョブ型採用を導入することで、このような学生のニーズに対応できるため、優秀な人材を獲得できる可能性も高まるでしょう。
ジョブ型人事制度が主流になっている背景
人事制度は、時代の流れとともに変化しています。日本ではメンバーシップ型が長く採用されてきましたが、その頃のアメリカではジョブ型が主流でした。アメリカでジョブ型が主流だった理由は、女性の社会進出やダイバーシティを尊重する動きが生まれたためです。
日本でも1990年代から女性の社会進出が始まったことで、ジョブ型を採用する動きが出てきました。特に近年はさまざまな背景により、ジョブ型を採用する企業が増えてきています。
労働人口が減少しているため
近年の日本でジョブ型に転換する動きが加速している背景には、少子高齢化による労働人口の減少が関係しています。これまでの日本には、長く続いた終身雇用制度や年功序列賃金制度が浸透していました。また、人材を獲得する際には、新卒での一括採用が一般的でした。
しかし、労働人口の減少により、安定して人材を確保することが難しくなってきています。新卒採用の場合、即戦力になるまで時間をかけて育成する必要がありますが、ジョブ型に近い中途採用の場合、新卒ほどの育成期間を必要とせず、経験やスキルがある人材を獲得することが可能となります。
専門職の採用が難しくなっているため
近年の日本は少子高齢化にともなう労働人口の減少により、人手不足に陥っている業界も多い傾向にあります。人手不足が特に深刻なのはIT業界です。急速に発展するグローバル化や技術革新により、スペシャリスト人材へのニーズが高まっています。
また昨今のグローバル企業では、自国にとどまらず、世界中から優秀なIT人材を採用しています。ジョブ型がスタンダードな雇用形態となっている国から人材を獲得するには、同じくジョブ型の待遇を用意する必要があるでしょう。
このような背景から、専門職の採用につなげやすいジョブ型が注目されるようになりました。
働き方が多様化しているため
従来は、オフィスに出社する働き方が一般的でした。しかし、近年は働き方改革やコロナ禍による働き方の変化などにより、ライフスタイルや仕事への価値観が多様化しています。企業が新たな人材を獲得し、さらに自社に定着してもらうためには、従業員のニーズにあった働き方を採り入れることが求められます。これを受け、近年はテレワークをはじめとするさまざまな働き方が登場しています。
自社が従業員に求められている働き方に対応するため、メンバーシップ型からジョブ型にシフトする動きが出ています。
自社の人事制度を見直すタイミング
適切な人事制度は、社内や外部の環境に応じて変化します。社内外の環境が変化したにも関わらず、既存の人事制度を使用し続けた場合、従業員や会社に悪影響を及ぼす可能性があります。
会社の規模を拡大するタイミング
人事制度を見直すタイミングの一つは、会社の規模を拡大するときです。会社の規模が大きくなると、既存の人事制度では対応しきれないケースが出てくる可能性があるからです。
たとえば、従業員が増えることで指導や評価が行き届きにくくなるケースが挙げられます。一人のリーダーが抱えるチームメンバーが増えると、これまで通り細やかに管理するのが難しくなるでしょう。
このように会社の規模に合わない人事制度を続けても、従業員が不信感を抱き、モチベーション低下につながる恐れもあります。従業員のモチベーションを高めつつ、適材適所を実現するためにも、会社の規模を拡大する際には人事制度を見直すようにしましょう。
外部環境が変化するタイミング
人事制度は社内だけでなく、社外の環境が変化する際にも見直しが必要です。
近年は政府による働き方改革により、柔軟な働き方や長時間労働の是正など、さまざまな取り組みが推進されています。多様な働き方が増える中で、企業においては、現行の人事制度だけでは対応が難しくなってきました。例えば、新しく導入したテレワークやフレックスタイム制により、既存の評価制度や勤怠管理では対応できなくなるケースは少なくありません。
企業の「働きやすさ」を実現するためには、外部環境の変化を捉えて人事制度をアップデートする必要があります。社会の流れや従業員のニーズに迅速に応えられるように、企業の人事担当者は、自社の人事制度を適切なタイミングで見直すように心がけましょう。
人事制度の基本的な設計手順
自社の人事制度を見直す場合、どのような手順で進めていけば良いのでしょうか。ここからは人事制度の基本的な設計手順を紹介するので、自社で見直す際の参考にしてください。
1.現状を把握する
まずは、企業理念や企業としての中長期的な目標、現行の人事制度に対する意見などに関しての現状を把握することからスタートしましょう。次に自社が抱えている課題を洗い出し、それがどのような悪影響を与えているかを分析します。人事制度の効果を発揮するために、どのような状況が理想的なのかも考えておきます。
また、人事制度は仕事に対するモチベーションにも影響するため、既存の人事制度に対する意見を従業員から聞き取るのもよいでしょう。新たな人事制度に従業員の意見が反映されると、満足度が向上する可能性があります。
2.3つの要素を設計する
ステップ2では、人事制度を構成する「等級制度」「評価制度」「賃金制度」の3つの要素を設計します。
等級制度の設計
「等級制度」は、人事制度を構成する3つの要素のなかで骨格となる重要な部分です。評価制度や賃金制度は、等級制度がベースになっているためです。まずは、等級制度の設計からスタートしましょう。
等級制度では、次の6つの要素を設計する必要があります。
等級制度の要素 |
内容 |
等級 |
従業員の社内での位置づけ |
役職 |
部下を管理する部門の責任者に付与される役割 |
呼称 |
役職がつかない従業員に対する肩書 |
職種・職掌 |
|
職群 |
総合職や一般職などの区分 |
昇格基準 |
上の等級に昇格できる条件を定めたもの |
自社の方針に基づき、どのような等級制度を導入するかを決めましょう。
評価制度の設計
「評価制度」は、評価項目と評価基準の設計が重要になります。評価項目は、企業理念や経営方針に沿った内容にしましょう。企業によっては、どの業務に対しても同じ評価基準を採用しているところもあります。
しかし、業務内容によっては従業員の納得度にばらつきが生じる恐れもあるため、評価基準は開発や営業などの部署ごとに設計しましょう。企業からの評価は従業員のモチベーションに関わるため、慎重に設計する必要があります。評価基準はすべての従業員に公開し、透明性を確保しておくようにしましょう。
賃金制度の設計
「賃金制度」の設計では、給与や賞与の基準となる職能給や年齢給などを決めていきます。たとえば、「〇等級で〇役職の従業員の給与は〇円にする」、「〇回連続で〇評価を得た従業員は1等級上がる」などです。
賃金制度による評価は従業員のモチベーションに関わるため、明確化することが大切です。給与や賞与の幅は細かく設定し、従業員が少しでも評価を実感できる内容に設計しましょう。
3.従業員に周知する
ステップ3は、設計した人事制度をすべての従業員に周知する段階です。人事制度を見直した際には従業員への十分な説明を徹底し、理解を得るようにしましょう。従業員が人事制度の見直しを把握していない場合、企業に対する不信感につながる恐れもあります。
まずは人事制度の仕組みや目的を説明し、新たな制度を導入するメリットを理解してもらいます。また、従業員から不満や反対意見が出るケースを想定し、フォローアップ体制も整備しておくとよいでしょう。
人事制度を設計する際の確認ポイント
最後に、自社で人事制度を設計する際の確認ポイントを解説します。
自社に適した制度内容にする
人事制度を見直す際には、自社に適した内容に設計するよう心がけましょう。他社でうまく機能している人事制度が自社に適しているとは限りません。
自社に適した人事制度にするためには、次の項目に沿っているかを確認しながら設計していくことが大切です。
- 経営方針
- 企業理念
- 会社の規模
- 従業員数 など
経営方針や企業理念などに沿った人事制度を設計すれば、従業員にも社風が浸透しやすくなるでしょう。
リーガルチェックを実施する
人事制度は、労働基準法や労働契約法などの法律が深く関係しているため、新たな制度を実行する前にリーガルチェックをしておきましょう。自社に適した内容の制度設計に注視するあまり、遵守すべき法的な部分が抜け落ちてしまう可能性もあります。
既存の制度から内容を大きく変更する場合は、従業員によって処遇の格差が生じていないかも確認しておくことも大切です。弁護士や司法書士などの専門家に依頼し、法的な問題や不備がないかリーガルチェックをしておくと安心でしょう。
事前にシミュレーションしておく
新たな制度を実行する際には、その人事評価制度が自社でスムーズに運用できるかを事前にシミュレーションするのがおすすめです。
人事制度の変更によってどのような変化があるかを把握できれば、速やかに課題を発見でき、実行前に解決できます。また、短期的だけでなく、長期的に運用しても問題がないかも併せて確認しておきましょう。
社内外の環境に対応した人事制度を設計することが大切
人事制度は、企業が従業員を適切に管理するために必要な制度です。企業が人事制度を導入することにより、経営戦略の実現や従業員のモチベーション向上が期待できます。
適切な人事制度は社内外の環境に応じて変化するため、会社規模の拡大や外部環境の変化などのタイミングで見直しが必要です。企業や環境に適した人事制度を設計すれば、従業員を上手く管理できるだけでなく、経営戦略の実現にも近づくでしょう。
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