企業は自社の利益を守るため、従業員と競業避止義務に関する合意書や契約書を締結することがあります。そのため企業の担当者は、自社の行動が競業避止に該当してしまわないよう、正しい知識を取り入れておく必要があります。
本記事では、競業避止義務の目的やルールを紹介します。また、違反行為を防ぐ方法や、違反行為があった場合の対策も詳しく解説します。ぜひ参考にしてください。
競業避止義務とは
競業避止義務(きょうぎょうひしぎむ)とは、自社で働く従業員やビジネスパートナーなどの個人や組織に対して科す義務です。特定の期間や条件のもと、競合他社との競争を避けることを求めます。
競合他社へ自社の秘密情報や戦略的な情報などの流出を防ぐ目的があり、企業の利益を保護するために欠かせません。
競業避止義務違反に問われる行為
競業避止義務違反に問われる行為を、在職中と退職後に分けて、詳しく解説します。どのような行為が違反となるのか、知っておきましょう。
在職中
現在勤務している企業と競合するような行為は、違反に問われる可能性があります。対象となる行為は、機密情報の漏洩や競合他社に顧客を案内するなどです。
従業員は労働契約を締結した時点で、労働契約法により企業に対しての競業避止を義務付けられます。これは、労働契約法第3条第4項で「労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない」と定められているからです。
つまり、在職中の従業員には、使用者の利益に著しく反する競業行為を差し控える義務があることになります。
競合避止義務に関して、企業に就業規則や誓約書に明記しなければならない法的な義務はありません。しかし、記載しておくことで、従業員に対して明確なガイドラインを提供できます。
企業は在職中の競業避止義務に違反した従業員に対して、違反行為の内容・程度、企業が被った損害の内容・程度などに応じて、ペナルティを科すことができます。あらかじめ就業規則や誓約書に具体的なルールを記載しておくことで、後々のトラブルを避けられます。ペナルティとは、「懲戒解雇」を含めた「懲戒処分」や「損害賠償の請求」「退職金の減額・不支給」などです。詳しくは「競業避止義務違反へのペナルティ」の章で解説します。
また、取締役は会社法によって、従業員より特別な義務が課されています。取締役が会社の事業の部類に属する取引をしようとするときは、取締役会の承認が必要です。
※出典元:「労働契約法」(e-Gov法令検索)(https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=419AC0000000128)
※参考:「会社法」(e-Gov法令検索)(https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=417AC0000000086#DA)
退職後
退職した従業員が競業避止義務を負うかどうかは、退職後の競業避止義務に関する合意があるか、または企業の就業規則がそのような規定を含んでいるかなど、具体的な条件によって異なります。つまり、退職後の競業避止義務は、企業と従業員の間で同意がある場合にのみ生じます。
しかしながら、このような同意には、個人の職業選択の自由に制約を与える側面があることに注意が必要です。
日本国憲法第22条では、職業選択の自由が保障されており、労働契約を終了した個人に競業避止義務を課すことは、企業にも制約を与える可能性があります。
退職後の競業避止義務の有効性に関して裁判が行われるケースは過去にも多く存在し、裁判では契約内容が正当であるかどうかが判断されます。
また、取締役も退職後は、基本的に競業避止義務を負いません。ただし、退職後の行為があまりにも悪質で、社会的な基準を大きく逸脱していると評価されると、不法行為と認められる可能性もあります。
※参考:「日本国憲法」(e-Gov法令検索)(https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=321CONSTITUTION)
競業避止義務契約の有効性を判断する基準
経済産業省は、競業避止を義務付ける契約が労働契約として成立するかどうかを評価する基準を示しています。この評価基準は、競業避止を義務付ける契約が有効かを判断する際の指針となるものです。ここからは、経済産業省が公開している資料も参考にして、判断の基準を詳しく解説していきます。
※参考:「競業避止義務契約の有効性について」(経済産業省ホームページ)(https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/handbook/reference5.pdf)
守るべき企業の利益
まず、企業に守るべき利益が存在していなければなりません。契約によって競業避止を義務付けるのは、結果的に従業員の権利に制約をかけることになります。契約の有効性を認めてもらうためには、権利に制約をかけるに値する正当な理由が求められます。
保護すべき利益として考えられるのは「営業秘密」「ノウハウ」「顧客情報」「取引先との関係」などです。営業秘密とは、秘密管理されていて、有用性があるもので、公然と知られていないものを指します。
有効性を判断する上で重視されるのは、利益を獲得するためにそれぞれどれだけの費用がかかっているのかです。保護すべき利益を有していると認定された場合は、契約の有効性も高いと判断される傾向があります。
従業員の地位
競業避止を義務付ける必要がある地位にいるかも、有効性を判断する基準の一つです。
たとえば、幹部クラスの地位にいる者は企業の機密情報を持っていると考えられるため、契約の有効性を認定されやすい傾向があります。また、エンジニアやプログラマーなども技術上の秘密を知っている可能性が高いため、契約が有効と判断される傾向があります。
地位に関連して、競業となる知識や情報を持っているかが、有効性を判断するポイントです。基本的には高い地位や、特定の業務に携わっていた人材は、会社の機密情報を持っている可能性が高いと考えられます。一方、前述したような地位や業務に就いておらず、機密情報にも接していない場合は、競業制限を求める必要がないと判断される可能性が高まります。
地域的な限定
地域的な限定を設けている場合は、会社の業務内容や特性などと照らし合わせて、正当性があるかが判断基準の一つとなります。
地域的な限定が設けられていなかった場合、契約が無効とされてしまうケースもあるため、注意が必要です。しかし、有効性を判断する上で、地域の限定は必ずしも重要な要素とは限りません。
また、地域的な限定が設けられていなくても、事業を展開している地域や禁止した行為の範囲などを総合的に考慮して、有効性が認められる場合もあります。
競業避止義務の存続期間
通常、存続している期間だけを評価して有効と認定するのは困難ですが、判断する際の要素の一つとして考慮される可能性はあります。
競業避止で義務付けられる期間として「退職してから5年以内は同業他社に転職しない」「退職してから3年以内は競合となる会社を設立しない」などです。一定期間、競業となる行為を禁止しますが、長期にわたるものほど、有効性は認められにくくなる傾向があります。
過去には「存続期間が2年にわたる場合は無効」とされた判例があります。一方、1年以内の場合は、有効とされるケースが多いようです。
禁止される競業行為の範囲
契約の有効性を判断する上で、禁止する範囲の設定も重要な要素です。会社の利益を保護するため、客観的に見ても正当性のある範囲にする必要があります。
また、明確に定めておくことも重要です。曖昧な定め方をしていた場合「競業避止義務に違反している」と認められない傾向があるからです。
業務や職種を特定して禁止している場合は、有効と判断されやすくなります。禁止する競業行為の範囲は、明確に定めておきましょう。
代償措置
競業避止や禁止を義務付けるためには、適切な代償を提供する必要があります。従業員は義務を課せられることで、生計を立てる手段を制約されるからです。適切な代償が提供されていない場合、制約は不当であると見なされる可能性が高まります。
ただし、企業は必ずしも代償措置を実施する必要はありません。たとえば、給与の高さが、代償措置として認められる場合があります。住居の提供や物品の提供など、賃金以外で経済的な支援を行うことも可能です。
どの程度の賃金を支払っていれば代償措置として認定されるか、明確な基準はありません。比較的、高額な賃金を支払っていた場合でも、代償措置と認定されなかった事例もあるため、注意が必要です。
競業避止義務違反を防ぐ方法
ここからは、競業避止義務の違反を防ぐための方法を解説します。企業は自社の利益を保護するため、違反を防ぐ必要があります。ここで解説する方法を利用して、違反行為を未然に防ぎましょう。
就業規則への明記
違反を防ぐために、競合避止義務の内容や破られたときのペナルティなどを就業規則に明記しておきましょう。在職中はもちろん、退職してからも競業避止を義務付けるためには、競業避止を義務付ける内容が記載されていなければなりません。
また、従業員も確認できる就業規則に明記しておくと、競業避止義務について、従業員に理解を促す効果も期待できます。差止め条項も明記されていれば、競業行為とみなされる行為があった場合に差止め請求を行えます。
誓約書の提出
違反となる行為を防ぐため、入社や退職時に誓約書を取り交わすのも一つの方法です。誓約書には競業行為となる具体的な内容や期間、地域、違反した際のペナルティなどを明確に記載しましょう。
トラブルを防ぐため、従業員には誓約書の内容を十分理解してもらった上で、自由意志にて署名捺印してもらいます。
副業の許可制
国が進めている働き方改革の方針で副業や兼業を奨励されていることから、副業を認める企業が多くなっています。しかし、従業員の副業は、競業避止義務違反となる可能性をはらんでいるため、注意が必要です。
希望者には必ず事前に申請させ、副業を許可制にできるよう就業規則に副業規程を設けることが有効です。
行おうとしている副業が違反行為とならないか調査し、副業内容に問題があると企業が判断した場合は、従業員に許可を出さないことで違反行為を未然に防げます。
社内教育の徹底
従業員に競業避止義務について正しく理解してもらうため、定期的な研修の実施をおすすめします。違反を防ぐためには、従業員への周知と定期的な学び直しの機会が欠かせません。
書面を提示して、口頭で説明するのも効果的です。書面は誓約書や契約書だけではなく、国が公開している資料を引用するのもよいでしょう。理解度を確認するため、テストを実施するのも効果的です。
競業避止義務違反へのペナルティ
ここからは、ペナルティの内容について詳しく解説します。違反行為があった場合、企業はペナルティを科すことができます。企業の担当の方は、違反があった際に適切なペナルティを課せられるようにしておきましょう。
懲戒処分
従業員の行為が、会社で定めている就業規則の懲戒事由に該当する場合は、懲戒処分を検討します。懲戒処分を科すためには、客観的な視点で妥当と考えられる理由が必要です。
なお、懲戒処分の可能性がある従業員から退職願を出された場合、スムーズに退職を認めてはいけません。退職を認めてしまった場合、懲戒処分の手続きが難しくなってしまうからです。懲戒処分の可能性があるときは退職を認めず、退職通知期間も考慮した上で、処分を行うか判断しましょう。
退職金の減額または不支給
会社はあらかじめ就業規則によって、就業義務違反した従業員の退職金を減額、または全額支給しないと定めることができます。
しかし、就業規則で定めていても、退職金の減額や不支給をすることが必ず認められるわけではありません。その処分に値するだけの重大な違反行為があると判断されることで、ペナルティとして科すことができます。
義務違反行為をするに至った経緯や会社が被った損害の程度、裏切り行為の悪質性などを勘案して、減額する金額を決めます。
損害賠償請求
従業員の競業違反で損害が生じた場合、企業は民法の定めにより、違反した者に対して、損害賠償を請求できます。民法709条に「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」と明記されているからです。
請求額は、違反行為によって失った利益を計算して決定します。具体的に算定できない場合は、合理的な推計方法を考えてから計算します。
競業義務に対する違反行為によって、本来得られたはずの利益(逸失利益)を請求する場合には、状態が違反前の状態に戻るための期間に基づいて計算を行います。通常6か月以内の期間で認められるケースが一般的です。
損害賠償を請求される側は、必ずしも個人ではありません。過去には、いわゆる「引き抜き行為」で競合他社に転職したケースで、相手先の会社に対して損害賠償請求がなされた判例もあります。
※出典元:「民法」(e-Gov法令検索)(https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=129AC0000000089#Mp-At_709)
競業行為の差し止め
違反行為があった場合、法令や合意などの範囲内で行為の差し止めを要求できます。差し止めとは、裁判所から従業員に対して下される競業行為を禁止する判決です。
差し止めを求めるための手続には、仮処分手続と訴訟手続の2種類があります。仮処分手続きでは、結論が出るまでの期間は半年程度がほとんどです。一方、訴訟手続は判決が出るまで1年から2年ほどかかることがあります。
多くの場合、禁止義務の期間として認定されるのは1年から2年程度のため、より短期間で結論が出る仮処分手続で差し止めを要求することが多くあります。
競業避止義務違反を防ぐためには、ルールの理解と周知の徹底が必要
競業避止義務とは、従業員やビジネスパートナーに対して、競合他社との競争を避けることを求める契約または義務です。企業は自社の利益を保護するため、競業避止を義務付ける契約を締結します。
契約の有効性は、保護すべき企業の利益が存在するか、会社の機密情報を持っている人材であるかなどを考慮して判断されます。有効だと判断してもらうには、就業規則への明記や誓約書の提出、社内教育の実施などが求められるでしょう。
違反行為があった場合は、懲戒処分や退職金の減額、損害賠償請求などのペナルティを科すことが可能です。しかし、裁判や手続きなどで時間と手間がかかるため、なるべく違反が起きないようにするのが望ましいでしょう。競業避止義務について正しく理解するとともに、社内周知の徹底が必要です。
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