メンタリングは、1対1の対話を通して精神的なケアを行い、課題解決や悩みを乗り越える支援をする人材育成法です。支援するメンターが、支援を受けるメンティーの精神的支柱となり、メンティーが主体的に課題解決のために行動したり成長したりすることを促します。
本記事では、メンタリングに関する基礎知識とメリット・デメリット、混同されやすいコーチングやOJTとの違いを詳しく解説します。
また、導入するときの手順や注意点、メンタリングを成功に導くポイントも紹介します。人材育成や離職率など課題を抱え、メンタリングの導入を検討している企業はぜひ参考にしてください。
メンタリングとは?
メンタリングは、1対1の対話を通して行う人材育成の手段です。
指導する側を「メンター」、指導される側を「メンティー」と呼びます。メンターの指導によってメンティーが主体的に課題解決方法を見つけ、成長を促す人材育成方法です。
メンターには、利害関係のない人材が望ましく、上司や部下の関係性を持つ者は適していません。仕事において直接の接点がない、他部署の人がメンターになるのが一般的です。
メンタリングでは、「なぜできないのか」といった原因追求ではなく、「どうしたらできるのか」と目的達成のためにできることを考えます。
メンタリングが注目され始めた背景
メンタリングが注目され始めた背景には、若手社員の離職や人材不足による教育体制の縮小などがあげられます。それぞれ詳しく見ていきましょう。
若手社員の離職防止
近年では転職市場の変化により、これまでよりも若手社員が離職しやすい環境になりました。多様な価値観を受け入れ、働き方改革が行われる中、転職に対する意識も変化し、キャリアチェンジへのハードルも下がっている傾向にあります。
また従来、日本企業が掲げていた働き方と、現代の感覚の間にズレが生じていることも若手社員が離職する原因の一つです。早期離職が問題視されるようになり、離職対策の一環としてメンタリングが注目され始めました。
メンタリングでは、メンター自身がこれまで乗り越えてきた問題やその解決方法などをメンティーに伝えることで、メンティーが抱える問題をどうしたら解決できるのかヒントを与えます。
そのため、入社したばかりでビジネスシーンに慣れないメンティーも、メンターの存在が精神的支えとなり、問題解決の糸口を見つけることにつながります。現在多くの企業で、こうしたメンタリングの導入により離職率の低下に努めています。
社員教育に必要なリソース縮小化
現在は少子高齢化の影響により、労働人口が減少しています。多くの企業にとって人材不足は深刻な問題です。
この人材不足による悪循環により、新入社員への丁寧な教育が難しくなりました。人材不足がゆえに教育へ人員と時間を割くことができず、業務を遂行するうえで必要最低限の教育しかできないケースも少なくありません。
新入社員にとっては、十分な教育の機会が失われると、仕事の目的を見失いモチベーションの低下につながります。さらにそういった心理状況を誰に相談すればよいかわからなくなります。特にモチベーション維持や仕事に対する姿勢、社内の人間関係などについては一人で抱え込んで悩んでしまうかもしれません。
そんなときに心を開けるメンターがいれば、悩みを相談できます。新入社員が安心して企業に勤められるように、困ったときの相談相手としてもメンターの存在価値は高くなっていると言えるでしょう。
メンタリングとコーチング・OJTとの違い
メンタリングと似たものに「コーチング」や「OJT」があります。それぞれのメンタリングとの違いを解説します。
コーチングとの違い
コーチングは、具体的な目標を立て、その目標を達成するために支援するものです。
プロジェクトの成功や数値など具体的な目標を達成するためにコーチングは実施され、必要であれば実務や技術支援なども行います。
一方、メンタリングではメンターが自分の経験やアドバイスを伝えることで、メンティーは気付きを得て行動するようになります。メンタル面のサポートを重視し、業務以外の幅広い相談に応じるのがメンタリングです。
OJTとの違い
OJTは、「On the Job Training」の略称であり、業務を通じてノウハウを教える教育方法です。メンターではなく、直属の上司や部署の先輩社員が業務指導を行います。
OJTの目的は即戦力を作ることです。一方メンタリングは、社会人としての成長が目的です。OJTは実務的な業務指導ですが、メンタリングは精神的なケアが中心という違いがあります。
メンタリング導入で得られるメリット
メンタリングのメリットはおもに次の4つです。
- 自立した社員を育成できる
- 社員のメンタルケアができる
- 離職率の低下
- メンターの成長
それぞれのメリットについて詳しく解説します。
自立した社員を育成できる
メンタリングでは、対話を繰り返しながら精神的なサポートをすることによって、メンティーのモチベーションが高い状態を維持しやすくなります。
モチベーションが高いと仕事に前向きに取り組めるため、メンティーは自発的に行動できるようになるでしょう。また、課題を抱えても「成長のチャンス」と捉えられるようになり、学習の機会や成長につながることだと前向きに乗り越えられるようになります。
社員のメンタルケアができる
メンティーの声を直接聞いて対話することで、実務指導だけでなく精神的なケアができるのがメンタリングの特徴です。
「困っていることはないか」「解決のために手伝えることはないか」とメンターが声をかけることで、問題を早期発見し、解決に導くことができます。
傾聴と対話によって信頼関係も築き上げられるため、ビジネスシーンに不慣れな若手社員にとってはメンターの存在が精神的支柱となります。
「メンターのようになりたい」「自分もあんな風に働きたい」とメンティーが憧れを感じると、成長意欲や学習意欲が増すだけでなく、企業へのエンゲージメント向上にもつながるでしょう。
離職率の低下
離職につながる原因として多いのが「上司とのコミュニケーションが難しい」という点です。人間関係の悩みを相談できる相手がいないと、一人で抱え込み退職してしまう可能性があります。
しかし、メンタリングによって信頼関係を築いたメンターがいれば、コミュニケーションの悩みを相談できます。
メンターがメンティーの悩みを傾聴し、「自分もそうだった」「このように乗り越えた」といった経験談やアドバイスを伝えることで、メンティーの心理的負担は軽減し、不安が和らぎます。メンターから有益なヒントをもらえれば、解決のための前向きな努力もできるでしょう。
悩みを解決できれば、悩みを理由とする退職を防げるため、結果として企業の離職率を下げることにつながります。
メンターの成長
メンタリングによってメリットがあるのはメンティ―だけではありません。メンタリングは「メンターとメンティーがコミュニケーションを図ることで、お互いの成長を促すこと」が目的であり、メンターの成長もメリットの一つです。
先輩社員はメンターになることで、傾聴する力や信頼関係を構築する力といった、社会人として必要なスキルを強化できます。
これらの力がメンティーとの間だけでなく、ほかの社員やあらゆるビジネスシーンにおいて発揮されると、顧客対応やサービスの質も向上するでしょう。
このようにメンタリングでは、後輩を育成する経験を通してメンターの人間的成長を促すこともできます。
メンタリング導入で注意すべきデメリット
メンタリングのデメリットとして注意すべき点は次の3つです。
- メンターに負担がかかりやすくなる
- 効果測定が難しい
- 効果に差が出る
それぞれの注意点を詳しく解説します。
メンターに負担がかかりやすくなる
メンタリングでは、メンターとメンティーの関係作りが重要です。しかし、メンティーからの相談が過剰にくるようになってしまうと、メンターの業務に支障をきたすケースもあります。
結果としてメンターに負荷がかかり、モチベーションの低下やメンティーの悩みを聞く余裕がなくなる可能性もあるでしょう。これではメンターにとってもメンティーにとっても良い影響は生まれません。
そのため、メンターの時間をどの程度までなら使用してよいかといったガイドラインを作成するとよいでしょう。
「相談は基本的にミーティング時間にのみ行う」と決めるなど、メンタリング期間中はメンターの業務量を一時的に減らしたりすることで、メンターの負担にならないようなサポートを行う必要があります。
効果測定が難しい
メンタリングは、メンティーの抱える悩みや課題に合わせてメンターが傾聴・助言をしながら精神的な支援を行うものです。メンティーが抱える悩みや課題も人によって違います。メンターの助言や支援効果も、数字や目に見える形で測れるものではありません。
そのため、メンタリングの効果や企業貢献度を測定することが困難です。メンターのリソースや精神的負担が増えるのみで、理想的な結果が得られなかったケースも考えられます。
特に精神面の変化は数値で測ることは難しいですが、目に見える離職率や、数値化できる組織診断サーベイ(エンゲージメントを測る手段)のスコアなどを指標にしてみるのもよいでしょう。
効果に差が出る
メンタリングは、メンティーの抱える悩みや課題に応じて支援を行います。メンティーの抱える悩みや課題、置かれている状況はさまざま。決められた答えがあるわけではありません。メンターの価値観や考え方によっても対応が異なります。
そのため、メンタリングではマニュアルのように、教育の内容や方法を統一化することができません。メンター自身がメンティーとの関わりの中で試行錯誤しながら、より良いアプローチ方法を考えていかなくてはならないため、メンターやメンティーによっては効果に差が出ます。
また、優れたメンターであっても、ペアになるメンティーのタイプによってはメンターに依存し、自主性が育たない可能性もあります。慎重な人選をしたとしてもうまくいくとは限らず、各ペアの進捗やメンティーとメンターとの成長にばらつきが出ることは覚えておきましょう。
メンタリングの導入から実施までの手順
メンタリングを導入する手順は次のとおりです。
- 導入目的の明確化
- 運用ガイドラインを策定
- メンティーとメンターを選定
- 概要の説明と事前研修
- メンタリング実施
それぞれの手順を詳しく解説していきます。
1.導入目的の明確化
まずはメンタリングを導入する目的を明確にしましょう。
「離職率の低下や就業定着率向上のため」「企業に対するエンゲージメント向上のため」「人材育成をする風土を醸成するため」といったように企業によって導入目的が異なるため、自社にとって何が目的なのかを明確にします。
目的が明確になれば、メンタリングを実施したあと「目的に対してどの程度効果があったのか」を確認しやすくなります。たとえば「若手社員の離職防止」が目的であれば、メンタリングを実施した場合の若手社員の離職率を算出することである程度の効果測定が可能です。
このように、まずは自社の抱える問題を把握し、メンタリングによって解決したい問題や自社の指針、導入目的を明確化することが大切です。
2.運用ガイドラインを策定
目的を明確化したら、次はメンタリング運用のためのガイドラインを策定します。ガイドラインは、メンタリングを行う当事者たちだけでなく、社内でも周知しましょう。
周知が不十分でメンタリング制度を知らない従業員がいると、メンターとメンティーが「仕事をしていない」「話してばかりいる」など誤解される恐れがあります。
ガイドラインには、次の3点を必須項目として盛り込みましょう。
- メンタリングで対話した内容を口外しない「守秘義務の厳守」
- 万が一メンタリングで不都合が生じた場合の「相談窓口の設置」
- メンタリングは業務の一環であるため「就業時間内に行う」
上記の必須項目以外にも決めておくとよいことは次のとおりです。
- メンタリング期間
- ミーテイングの頻度や時間
- 対面やWeb面談などの方法
- 面談後に毎回報告するなどの進捗確認方法
- 通信費や食事代などの支援策
必要に応じて項目を増減し、自社の状況や目的に合ったガイドラインを策定しましょう。
3.メンティーとメンターを選定
ガイドラインができあがったら、メンターとメンティーをマッチングさせます。メンターの人選は慎重に行い、直接業務に関わる上司や、直属の先輩は避けましょう。
メンタリングではメンターとメンティーの信頼関係が構築されることが重要であるため、メンターには育成への熱意があり、誠実さと豊富な経験を持っている人材を選ぶ必要があります。
また、メンティーには成長意欲や行動力、コミュニケーション能力などがあることが望ましいと考えられます。
メンティーにとって相性が良いとされるメンターとマッチングすれば、意気投合しやすくメンタリングで重要な関係性を構築しやすいでしょう。
4.概要の説明と事前研修
メンティーとメンターに概要を説明し、メンターに事前の研修会を設けましょう。
このときメンタリングを実施する概要を説明するだけでなく、「なぜ実施するのか」「具体的にはどのような方法で行うのか」を丁寧に解説しましょう。
目的や概要を理解したうえで、ルールや進め方、問題発生時の対処法、成功のポイントなどもしっかりと把握してもらう必要があります。
メンティーには、「メンターにどのような内容を話し合うとよいか」といった具体例や方向性を伝えておくとよいでしょう。
メンターには、傾聴やコミュニケーションスキルなど精神的な支援を行うために役立つ研修を、必要に応じて取り入れることも検討します。
5.メンタリング実施
すべての準備が整ったら、メンタリングを実施します。メンタリングは最低でも1年かけて行います。
最初の1カ月は初期段階、2〜5カ月目は深化段階、6カ月目以降は解消段階などと期間を意識して運用することも大切です。
また、メンタリングの初期段階では、メンティーが将来的にどうなりたいのかを聞き出し、その目標に向けたメンタリングを設定するとよいでしょう。深化段階ではさまざまな能力開発の方法を取り入れながらメンティーの成長を促します。
メンターは課題解決の方法や才能開発の方法を学び、メンティーに合う方法を提案していきます。メンターはメンティーの支援を通して、傾聴力や質問力、信頼関係構築力などを身につけます。
メンタリングを進めていくと、ときにはメンターとメンティーにすれ違いが生じたり、メンタリングに課題が発生したりすることもあるでしょう。その際は都度ブラッシュアップを行い、お互いに試行錯誤しながら乗り越えていく必要があります。
解消段階では、学習したことをまとめて修了に向けて振り返りを行います。状況に応じて業績やメンタリングの成果、今後のアクションプランなどを話し合い、期間満了または目的が達成されたら修了です。
メンタリングを導入して離職を防ぎエンゲージメントを向上させよう
メンタリングは、メンターとメンティーの1対1の対話を通して精神的なケアを行う人材育成方法です。
企業にとって若手社員を効率的に育成できるだけでなく、離職防止やモチベーションアップ、企業へのエンゲージメント向上に役立ちます。
メンティーだけでなく、メンタ―にとっても成長の機会となり、多くの気付きと学びを得る経験となるでしょう。
導入の際には目的を明確化してガイドラインを作成し、社内で周知をしてから実施します。メンターとメンティーには、事前に進め方やルール、問題発生時の対処法などをしっかり理解してもらったうえで進めていきましょう。
若手社員の離職率や人材育成に問題を抱えている企業は、メンタリングの導入を検討してみてはいかがでしょうか。
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