現代における企業の経営資源は、大きく分けて「ヒト・モノ・カネ・情報」の4種類に分けられます。経営資源の一つである「ヒト」を活用するための考え方として、HRM(人的資源管理)という言葉を耳にしたことはあるでしょうか?
HRMの意味や求められる背景などの基礎知識や、実際の運用においておさえておきたいポイント、注意点を解説します。HRMの導入を検討している企業担当者の方や、HRMの知識を身に付けたい方はぜひご覧ください。
HRMとは
導入や運用を把握する前に、「そもそもHRMとは?」という疑問を解消しておくことが大切です。まずはHRMがどのような考え方かを把握しましょう。
次に、HRMの基礎知識を解説します。
人的資源管理の略称
HRMは、Human Resource Managementの略称で、日本語では「人的資源管理」と訳されます。企業に所属する人材を重要な経営資源として有効に活用するための考え方で、人材の採用から配置、能力開発、成果までをまとめて取り扱います。
企業がHRMを導入する際に必要な実務として、人材を有効活用するための枠組みを、社内に構築することが求められます。企業が保有する戦略に応じた能力の把握や人材の採用・育成を行い、適切な部署に配置し、成果を出すところまでがHRMです。
HRMには現場や部署内での人材育成・能力開発(OJTなど)の要素も欠かせません。人事担当者以外に各部署のリーダーにも考えを浸透させて取り組む必要もあります。HRMの全社的な浸透で、経営資源の有効活用が期待できるようになるでしょう。
マネジメントにおけるHRMの意味
HRMを実現するための制度設計・運用では、経営資源の有効活用のために業務目標の設定や技能の能力開発などを行います。従業員の給与や退職金、業務目標、技能、モチベーションなどを把握し、向上させるための制度を設計・運用することが重要です。
また、HRMのプロセスはほかのマネジメントと密接に関係しあうものであるという認識が大切です。たとえば、経営層のマクロマネジメントで定めた方針に基づいた組織マネジメントがなされる、というケースがあげられます。HRMも同様に、経営層の戦略などに基づいて人材の能力の有用性を判断するかたちで実施されるマネジメントです。そして、HRMの結果は職場の人間関係や指揮者のリーダーシップといったミクロマネジメントにも影響を及ぼします。
HRMの導入担当者は、ほかのマネジメントの意義や手法も把握しておくことが大切です。HRMそのものに加え、「経営層のマネジメントを達成できるか?」「現場単位のマネジメントと対立していないか?」といった点にも注意しておきましょう。
HRMの目的と役割
HRMのおもな目的と役割は、人的資源を明確化し、適切に採用や能力開発を行い、最も効果的な部署へ配置し成果を出すことです。具体的には、人事による自社に最適な人材の採用・配置と、各部署でOJTや研修などの従業員教育を行う体制が求められます。
また、既存の従業員と新規採用者をともに企業にとって価値の高い人材に変えるために、経営陣が育成の枠組み作りを主導していくことも大切です。従業員全体のモチベーションを高め、企業に貢献できるような組織を構築しましょう。
しかし、人材という資源には、人それぞれの感情や意思、目標などの不確定要素も存在しています。絶対的な正解は無く、過度な押し付けもモチベーション低下などのリスクとなるため、HRMの実運用では公平さや柔軟性への意識も大切です。
HRMのモデル概念
人的資源管理(HRM)には、複数のモデル概念が存在しています。モデル概念をHRMのフレームワークとして採用することは、スムーズな導入にもつながるでしょう。
HRMのモデル概念のうち、代表的なものをピックアップしてご紹介します。
- ハーバードモデル
- ミシガンモデル
モデルごとに存在するメリット・デメリットもあわせて解説します。自社の性質と照らし合わせながら、運用に適したモデルを考えてみましょう。
ハーバードモデル
ハーバードモデルの特徴 |
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ハーバードモデルのメリット |
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ハーバードモデルのデメリット |
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ハーバードモデルは、従業員の能力や帰属意識を重視するHRMのモデル概念です。ハーバード大学で考案されたことが名前の由来となっています。
ハーバードモデルにおけるHRMは、経営陣が主体的に動くトップマネジメントであるべきと考えられている点が特徴的です。一方的な施策で従業員に不当な圧力をかけないために、経営陣が自ら従業員一人ひとりと信頼関係を築くことが求められています。
また、次の4つの観点から、生産性を向上できるような施策を打ち出すことも大切です。
- 従業員への影響
- 人的資源のフロー
- 報酬システム
- 職務システム
従業員と意見を交わして信頼関係を築き、将来性を踏まえた能力開発や採用を行うフローを構築しましょう。また、モチベーションを上げるための報酬システムや、自発的な意見やアイディアを生み出せる職務システムといった枠組みも重要です。
ミシガンモデル
ミシガンモデルの特徴 |
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ミシガンモデルのメリット |
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ミシガンモデルのデメリット |
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ミシガンモデルは、経営戦略や組織構造の互換性を重視するHRMのモデル概念です。ハーバードモデルと同様に、ミシガン大学で考案されたことが名前の由来となっています。
ミシガンモデルは経営戦略を最重視しており、HRMを経営戦略に従属したものとして実施します。人材を戦略的な価値観の中心に置いて見ることになるため、従業員の希望やキャリアを軽視しないようにすることが大切です。
ミシガンモデルでは4つの基本機能が求められます。
- 採用と選抜
- 人材の評価
- 人材の開発
- 報酬
定められた経営戦略に基づいて、採用・選抜から評価、開発までを一貫して行い、業績を報酬につなげてモチベーションを向上させていきます。こうしたフローを継続的に行うことが、ミシガンモデルにおけるHRMです。
HRMと従来の人事労務管理の違い
HRMが提唱される以前、人的資源の管理は「従業員=コスト」と捉える人事労務管理(パーソナルマネジメント)が主流でした。HRMが人の能力をマネジメントすることに対し、シンプルな労働力を管理するのが人事労務管理と言えるでしょう。
人事労務管理の観点では、従業員を「会社が支払うコストに応じて労働力を発揮するモノ」として捉えます。労働力を最大限に発揮するために配置や給与、労働時間や休暇などを管理するのが人事の業務で、能力開発の観点は希薄なものでした。
HRMと従来の人事労務管理は、企業における人材管理という意味では共通の考えですが、人という資源に対する捉え方が大きく異なります。人事労務管理からHRMへの遷移は、マネジメントの対象が人から人の能力に変わったことの象徴と言えるでしょう。
HRMが企業に求められている理由
従来の人事労務管理を脱し、HRMを導入する企業は少なくありません。HRMが求められる背景には、次のような理由が存在しています。
- 企業全体の生産性を向上させるため
- 中長期的なキャリア育成のため
それぞれの詳細を見ていきましょう。
企業全体の生産性を向上させるため
現代の日本は深刻な労働人口の減少に見舞われており、全国の企業にとっても大きな課題となっています。新たな人材の獲得が難しくなるなかで、既存の人材を最大限に活用し、一人当たりの生産性を向上させる手段としてHRMが注目されています。
少子高齢化はますます進み、国内の労働人口はこれからも減少を続けることが見込まれています。将来の人事戦略を考えた場合、少ない人数で最大限のパフォーマンスを発揮するためのHRMはますます重要性を増していくことになるでしょう。
また、HRMの一環として行われる人材の帰属意識の向上や、働きやすい環境の整備は、離職率をおさえることにもつながります。従業員を尊重したかたちでHRMを実行することは、優秀な人材を会社に定着させる上でも欠かせない施策です。
中長期的なキャリア育成のため
従業員のキャリア育成をサポートするためにHRMを重視する企業も数多くあります。従業員のキャリアアップを促して組織の競争力向上を狙うだけでなく、人生100年時代における従業員の仕事や人生をサポートし働きやすい環境をつくることにつながります。
終身雇用の崩壊や雇用の流動化などを背景に、現代の社会人は自身が主体的に「どこで働き、どう生きるか」を考える機会が増加しています。1on1ミーティングなどを通じて従業員一人ひとりと面談し、ともにキャリアデザインを考えることが大切です。
意思疎通が不十分なHRMには、経営陣や管理層の意向を一方的に押し付けるリスクもあります。「自分にはどのようなスキルが必要なのか?」「キャリア的に転職した方が良いのかも?」といった従業員の課題を一緒に考えることも、HRMとして重要です。
HRMの導入で期待できる効果
HRMを導入し、適切に運用することで次のような効果を期待できます。
- 従業員の人材育成やキャリアの実現
- 組織の目標達成と人事戦略の実現
それぞれの詳細を解説します。
従業員の人材育成やキャリアの実現
HRMの導入で、人材の能力開発を効果的に進めることができるようになります。従業員の能力や経験を最大限に活用できるようになり、企業にとっては高度人材の確保というメリットが得られ、従業員にとってはキャリアの実現につながります。
効果を得るためには、1on1ミーティングなどを通じて従業員の希望を理解し、結果をもとにした長期的な育成計画の設計・運用が重要です。
たとえば、育児や介護などでフルタイムの勤務が難しい従業員には時短勤務やフレックスタイム制、リモートワークの提案で離職を防ぎ、能力開発の計画やキャリアを維持できるようにすることが求められます。
従業員と企業のニーズを合致させた上で行われるHRMは、適切な人材育成とキャリアの確立を達成し、企業にとって有用な人的資源を獲得できます。従業員と企業の両者にメリットのある働き方を実現できるようになるでしょう。
組織の目標達成と人事戦略の実現
HRMの導入は、組織の目標達成にとって必要な人事戦略を実現します。意思決定や実際の業務を行う従業員の質を高めることが重要です。
企業にはそれぞれ経営目標がありますが、それを達成するためには従業員の力が欠かせません。ヒト以外の経営資源として「モノ・カネ・情報」があげられますが、これらは全て「ヒト」により活用・管理されるものです。
したがって、「ヒト」の能力はとても重要なものとなります。HRMを通じてヒトの能力を育成し、企業の経営戦略を達成できる人材を確保するようにしましょう。
HRMを活用するためのポイント
HRMは経営や組織運営などにおけるマネジメントを踏まえた上で、従業員個々人を尊重して行うことになるため、導入や運用にあたっては複雑な思考や判断が求められる場合があります。
スムーズにHRMを活用するために、次のポイントをおさえておきましょう。
- 個人データを一元化する
- 戦略的な思考を身に付ける
- 評価制度を整備する
個人データを一元化する
従業員のスキルや経験などの個人データを一元管理できるようにしておきましょう。上司や人事が掌握するデータが散乱していると従業員の特性を把握できませんが、まとまっていれば適材適所の配置や育成プランの策定が行いやすくなります。
履歴書や人事評価シートなどからわかる既出のデータだけでなく、ヒアリングなどを通じて改めて従業員のスキルセットや経験、キャリアに対する考え方を可視化することも大切です。
わかったことをデータベース化して一元管理し、個々人に合わせたHRMを実施できるようにしましょう。組織の持つ戦略や方針と、個々の従業員の特性を踏まえたHRMを積み重ねていくことで、従業員全体のパフォーマンスを伸ばすことができます。
戦略的な思考を身に付ける
HRMには経営戦略のマネジメントへの反映が欠かせないため、経営陣が戦略的な思考を身に付けることが重要です。戦略的な知見から自社を見直すことができれば、自社に合ったHRMの導入と運用を行いやすくなります。
しかし、日本企業の経営者は海外と比較して戦略的思考を苦手とするケースが多いため、「HRMとの相性が良くないのでは?」と疑問視されることも少なくありません。
そこで、HRMを最大限に活用するためには、経営陣を含めた全社的な改革が必要となるでしょう。経営陣が改めて戦略的思考を身に付けることができれば、企業の課題を解決するためのマネジメントをより有効に実施できるようになります。HRMの導入による効果はもちろん、より多くの面で競争力の向上を図れます。
評価制度を整備する
評価制度の整備は、従業員のモチベーション向上に欠かせません。現在の評価制度が公平かつ明確であるかを確認し、必要に応じて新しい評価制度を取り入れるようにしましょう。
HRMは人材の獲得・育成から成果までをワンストップでマネジメントします。成果に応じた評価、評価に応じた報酬は従業員にやりがいを与え、これからの業務に対するパフォーマンスを向上させることにもつながります。
しかし、明確な基準が無ければ従業員は努力の指標がわからなくなってしまいます。「公平な評価がされているかわからない」といった不信感を抱かせてしまう可能性もあるため、人事評価ツールなどで統一的な基準の設置が重要です。
HRMを導入する際の課題・注意点
HRMの導入は企業の成長に不可欠ですが、組織と従業員の関係性に関する課題や注意点が発生することを忘れてはいけません。企業と従業員の非対称性が生む注意点を把握した運用が大切です。
HRMを導入する際の課題・注意点を2つピックアップして紹介します。
- 組織と従業員で対等な関係が築きにくい
- 主体性が失われる可能性がある
組織と従業員で対等な関係が築きにくい
HRMは企業の戦略達成を目指して指示されるため、初期段階では従業員と対等な関係を築くことが難しいと言えます。HRMの運用過程で適切な意思疎通が行えれば解消できる課題ですが、失敗すると従業員が意見を出しにくい職場になってしまいます。
組織の目標に従うことばかりが求められると、従業員は満足度やモチベーションを低下させてしまい、転職や退職を考える従業員も出てしまうでしょう。やがて、組織全体の生産性にまで悪影響を及ぼす可能性があります。
HRMを導入する際には、組織と従業員がともに成長できる環境づくりを意識することが大切です。従業員の意思を尊重し、ヒアリングやアンケートなどを通じてHRMの運用を順次改善していくようにしましょう。
主体性が失われる可能性がある
HRMを経営陣や管理層の価値観だけで進めてしまうと、従業員からは主体性が失われてしまう恐れがあります。従業員それぞれの仕事の取り組み方やキャリアへの希望があるにも関わらず、会社に従うしかない状況では人的資源は有効活用できません。
主体性が失われてしまえば、能力開発や教育に取り組んでも成果が出ない、能力がついたにも関わらず積極的に発揮できない可能性があります。
また、より主体的に動くことのできる企業を探して転職し、離職が発生する恐れもあります。費用をかけて能力開発をした人材の流失は会社にとっても不利益なため、こうしたリスクは可能な限りおさえることが重要です。
HRMを実施する際には、個人の意思やキャリアを無視するようなマネジメントは行わないようにしましょう。
HRMを取り入れて企業の競争力を向上させよう
従業員の能力を最大限に高めるHRM(人的資源管理)は、現代の企業が競争力を高めるためには欠かせない施策の一つです。経営陣や管理層は戦略を定め、自社で働く個々人に向き合い、ともに成長できる環境の構築が大切です。
HRMを適切に導入できれば、企業側は経営目標の達成に必要な人材が手に入り、従業員側はこれからのキャリア形成に有効なスキルが手に入ります。活用のポイントや課題、注意点をおさえて、HRMの導入を検討しましょう。
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