雇用形態を大きく分けると、正規雇用労働者と非正規雇用労働者の2種類があります。非正規雇用労働者の種類は多く、契約社員や派遣社員などさまざまですが、なかでも近年は嘱託社員に注目が集まっています。
自社で嘱託社員の導入を検討しているものの、どのような雇用形態なのか、ほかの非正規雇用労働者と何が違うのか把握しておきたい企業の担当者もいるのではないでしょうか。
そこでこの記事では、嘱託社員の基礎知識やほかの雇用形態との違いなどを解説します。嘱託社員へ注目する企業が増えている理由や企業にとってのメリットも解説するので、自社で導入する際に役立ててください。
嘱託(しょくたく)社員とは
嘱託社員とは、企業と有期雇用契約を結んで働く従業員のことです。「嘱託」には、仕事を依頼して任せるという意味があります。法律的には嘱託社員の区分はなく、非正規雇用労働者の一種として扱われるのが一般的です。
明確な定義がないため、企業によっては準社員と位置づけているケースや定年退職後に再雇用された従業員を嘱託社員と呼ぶケースもあります。医師や弁護士などに専門的な業務を委託する場合、嘱託社員として雇用契約を結ぶ企業もあります。
嘱託社員の契約期間の上限は、労働基準法第十四条で定められており、最長3年です。ただし、高度な専門知識が必要な業務に携わる従業員や定年退職後に再雇用する従業員に限り、最長5年で雇用契約を結ぶことが認められています。
嘱託社員へ注目する企業が増えている理由
嘱託社員はほかの雇用形態と同様に、どの世代にも対応しています。たとえば国や自治体では、会計年度任用職員制度の一環として嘱託職員を採用しています。
ただし多くの企業で特に注目を集めているのは、再雇用としての嘱託社員の採用です。背景には、年金受給開始時期の繰り上げやシニア世代の労働人口が増加していることなどが関係しています。
2000年には厚生年金保険法が改正され、厚生年金の支給開始年齢が60歳から65歳に引き上げられることになりました。引き上げは、2013年から2030年までに段階的に実施されます。また、2013年には高年齢者雇用安定法が改正され、従業員が希望すれば原則として65歳まで働けるようになりました。しかし、年金の受給開始時期と定年退職の年齢が一致しないため、収入がない期間が発生してしまいます。
このような背景から、定年退職後も働くことを希望する人が増えています。企業はシニア世代のニーズに対応するために、嘱託社員という形で雇用機会を提供しています。
嘱託社員とほかの雇用形態の違い
雇用期間や直接雇用か否かなどは、雇用形態によって異なります。嘱託社員とほかの雇用形態の違いを解説します。
正社員との違い
嘱託社員と正社員の違いの一つは、雇用期間の有無です。嘱託社員は、雇用期間に定めがある雇用形態です。契約期間の満了日以降は、更新されなければ働き続けることはできません。一方の正社員は雇用期間に定めがないため、基本的に退職しない限りは定年まで働き続けることが可能です。
仕事に対する責任の範囲は、嘱託社員よりも正社員のほうが広いのが一般的です。労働時間が同じでも、給与や福利厚生の水準は正社員のほうが高い傾向にあります。また、正社員には退職金が支給される場合でも、嘱託社員は対象外です。
契約社員との違い
契約社員は嘱託社員と同様に、雇用期間に定めがある有期雇用契約を結んで働く従業員のことです。法律的には契約職員の区分はなく、非正規雇用労働者の一種として扱われます。
有期雇用契約の従業員のなかでも、定年退職後に再雇用された従業員を嘱託社員、それ以外の従業員を契約社員として扱う企業が多い傾向にあります。契約社員は、正社員と同様にフルタイムで勤務するケースがほとんどです。
派遣社員との違い
派遣社員は登録している派遣会社と雇用契約を結び、派遣された企業で働く従業員です。嘱託社員と派遣社員の大きな違いは、雇用契約を結んでいる相手です。嘱託社員は、働いている企業と直接雇用契約を結びます。
一方の派遣社員は派遣先の企業とは雇用関係にないため、給与の支払い義務や指揮命令権を持っているのはすべて派遣会社です。また、派遣社員の場合、派遣会社によっては昇給や賞与が支給されます。
パート従業員との違い
パート従業員は、短時間勤務の労働者のことです。時間単位で働く従業員はすべてパート従業員に当てはまりますが、アルバイトやフリーターなどの呼称はさまざまです。
多くのパート従業員は嘱託社員と同様に、雇用期間に定めがある有期雇用契約を結んでいます。有期雇用契約の従業員のなかでも、定年退職後に再雇用された従業員を嘱託社員、それ以外の短時間勤務の従業員をパート従業員として扱う企業が多い傾向にあります。嘱託社員とパート従業員の違いは、給与形態です。嘱託社員は月給制なのに対し、パート従業員は基本的に時給制です。
業務委託との違い
業務委託とは企業から委託された仕事の成果物を提供することで、報酬を受け取る働き方です。ほかの雇用形態との大きな違いは、企業と雇用契約を結ぶか否かです。嘱託社員をはじめとするほかの雇用形態は、企業と雇用契約を結びます。
一方の業務委託は企業からの仕事を請け負いますが、雇用契約は結びません。そのため、企業側には勤務時間の制約や指揮命令権はありません。
嘱託社員の労働条件
嘱託社員の場合、契約時に給与や勤務時間などの労働条件が決まります。契約期間中は労働条件を変更できないため、契約を結ぶ前に内容をきちんと確認する必要があります。
賃金関係
パートタイム・有期雇用労働法の改正により、2021年4月1日から「同一労働同一賃金」が導入されました。「同一労働同一賃金」とは、業務内容や責任の範囲に違いがなければ、雇用形態に関わらず同等の賃金を支払わなければならないというものです。
導入の目的は、同じ企業内での正規雇用労働者と非正規雇用労働者との間に生じている、不合理な待遇差を解消することです。しかし、基本給や賞与といった賃金格差については、業務内容や責任の範囲の違いなどにより、合理性が認められる場合に限って適法となります。
実際のところ、再雇用の場合、正社員で働いていたときよりも、賃金が下がるケースがほとんどです。通勤手当や住宅手当などの各種手当は、正規雇用労働者と格差が生じている場合は違法となります。なお、退職金については、嘱託社員に対して支払う義務はありません。
有給休暇
嘱託社員の場合、一定の要件を満たせば有給休暇を取得することが可能です。有給休暇を取得する一定の要件は、次のとおりです。
- 同じ場所で6カ月以上勤務していること
- 全労働時間の8割以上出勤していること
上記の要件は労働基準法第三十九条で定められており、雇用形態に関わらず、すべての労働者が対象となります。
有給休暇の付与日数は、企業ごとに異なります。再雇用の場合、退職日と再雇用日が相当の期間空いていなければ、再雇用前の付与日数を繰越しすることが可能です。
各種保険
嘱託社員の場合、保険の種類によって取り扱いが異なります。
【社会保険】
社会保険は、定年退職の翌日に一度資格を喪失させて再取得すれば、これまでと同じ保険料で加入できます。
【労働保険】
労働保険はこれまでと変更はなく、正社員のときと同様に加入できます。ただし、労働時間に変更がある場合は、別途手続きが必要です。週の労働時間が20時間以上30時間未満に該当するときは、短時間労働被保険者への種別変更を行います。
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企業が嘱託社員を雇用するメリット
近年、正社員を退職した従業員を嘱託社員として再雇用する企業が増えています。その背景には、企業にさまざまなメリットをもたらすことが関係しています。
即戦力となる人材を採用できる
嘱託社員は社会人経験が長いため、企業の即戦力となります。人手不足を課題に抱える企業が多いなか、即戦力になる人材を採用できる点では、企業にとって大きなメリットになるでしょう。
また、嘱託社員として再雇用することは、従業員自身にもメリットがあります。再雇用前と環境を変えることなく、豊富な経験やスキルを活かすことが可能です。
ミスマッチを防げる
嘱託社員を雇用する際には企業側と従業員側の希望を擦り合わせられるため、労働条件が原因のミスマッチを防ぐことが可能です。
少子高齢化によって生産年齢人口が減少傾向にあるなか、企業間で人材獲得競争が激化しています。優秀な人材を獲得できてもミスマッチが起きれば、早期離職につながるリスクがあります。
すでに、ミスマッチによる早期離職を課題に抱えている企業も少なくありません。このことは、厚生労働省の「新規学卒就職者の離職状況」で分かっています。
卒業年 | 3年以内の離職率 |
2010年卒 | 31.0% |
2011年卒 | 32.4% |
2012年卒 | 32.3% |
2013年卒 | 31.9% |
2014年卒 | 32.2% |
2015年卒 | 31.8% |
2016年卒 | 32.0% |
2017年卒 | 32.8% |
2018年卒 | 31.2% |
2019年卒 | 31.5% |
ミスマッチが起きる原因の一つは、労働条件への理解が不十分だったことがあげられます。雇用形態が正社員から嘱託社員に切り替わると、これまでと労働条件が変わりますが、従業員側の理解を得られているため、ミスマッチを防げます。
人件費の抑制につながる
新たに従業員を採用する場合、採用コストや教育コストがかかります。たとえば求人を転職サイトに掲載するときには、広告料を支払わなければなりません。採用活動のために、ヒューマンリソースの確保も必要です。その点、再雇用の嘱託社員は採用活動が不要な上に、従業員自身が業務内容を把握しているため、採用コストや教育コストを削減できます。
また嘱託社員は、正社員よりも勤務時間が短いなどの理由から、基本給が低く設定されているケースが多いです。スキルのある経験豊富な人材を、人件費をおさえて雇用できる点は企業にとって大きなメリットと言えるでしょう。
嘱託社員を雇用する際の注意点
企業が嘱託社員を雇用すると、ミスマッチを防げる、人件費の抑制につながるなどのメリットがあります。ただし、いくつか注意しなければならない点もあるため、自社で導入する前に確認しておきましょう。
有期雇用契約が続くわけではない
嘱託社員をはじめとする有期契約労働者は、無期転換ルールにより、無期雇用を申し出することが可能です。無期転換ルールとは、有期契約労働者が同じ使用者との契約で5年を超えて勤務した場合、無期雇用に転換できる制度です。
無期雇用への転換を希望する従業員は、企業側に申し出る必要があります。従業員から申し出があった場合、企業側は拒否できないため、更新する際には無期雇用で契約しなければなりません。
労働条件が不合理であってはならない
正規雇用労働者と非正規雇用労働者との間に生じている不合理な待遇差を解消するために、2020年4月からは同一労働同一賃金が導入されました。しかし、雇用形態によって業務内容や責任の範囲などが異なるため、待遇差が発生するケースもあります。
雇用形態によって待遇差が発生する場合は、非正規雇用労働者が不利にならないよう、合理的な内容にしなければなりません。なお、年齢を考慮した上で労働時間を削減する場合や業務の負担を軽減する場合は、合理的だと見なされます。
嘱託社員に関するよくある質問
最後に、嘱託社員に関するよくある質問をご紹介します。
残業は可能か
労働基準法第三十二条では法定労働時間が定められており、原則として1日に8時間、1週間に40時間を超えて労働させてはなりません。
企業と従業員で36協定を結んでいる場合は、法定労働時間を超えた残業の指示を出すことが可能です。そのため、嘱託職社員でも残業が発生する可能性はあります。しかし、企業内のルールとして、嘱託社員には残業を求めない企業もあります。
雇用契約期間中に解雇できるのか
労働契約法第十七条では、やむを得ない理由を除き、契約期間が満了するまでは有期契約労働者を解雇できないと定められています。
嘱託社員は有期契約労働者に該当するため、原則として雇用契約期間中の解雇はできません。ただし、やむを得ない理由があった場合は解雇が可能です。やむを得ない理由とは、企業の経営不振や従業員の悪質行為によって企業が損害を被ったケースなどです。
また、無期雇用に転換した場合は定年を除き、従業員から退職の申し出がない限り雇用し続けなければなりません。
嘱託社員を導入して即戦力となる人材を確保しよう
近年は生産年齢人口の減少により、優秀な人材を確保するのが難しくなっています。新卒採用で人材を確保しても採用コストや教育コストがかかり、即戦力になるまで時間がかかるのが現状です。
定年まで勤めた従業員を嘱託社員として雇用すれば、コストカットにつながるだけでなく、即戦力になるため、企業のメリットは大きいでしょう。ただし、嘱託社員を導入する際には、ほかの雇用形態と不合理な待遇差が生じないように注意が必要です。
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