従業員の悩みに対する問題解決の手法として、ナラティブアプローチが注目されています。ナラティブアプローチは企業の規模を問わず導入でき、従来のカウンセリングでは難しかった方向性でのケアが可能です。
悩み相談に対するアドバイスが的確にできているか不安な方や、もっと良い方法がないか探している方はぜひ導入してみましょう。本記事では、ナラティブアプローチの概要やメリット、実施方法をわかりやすく解説します。
ナラティブアプローチとは?
「ナラティブアプローチ」とは、相談者自身の語る物語を通じて、悩みや考え方を探り、質問をしながら問題解決を目指す手法のことです。ナラティブアプローチを通じて、悩みを抱える方は自分自身の偏った考えや思い込みに気づきやすくなります。
英語の「ナラティブ(narrative)」には、「物語」や「語り」という意味があり、「ナレーター(narrator)」や「ナレーション(narration)」と語源が同じです。
同じ物語を意味する英語として「ストーリー(story)」がありますが、「ナラティブ」はストーリーに比べて、より語り手自身を主人公とするニュアンスで用いられるのが特徴とされています。
ナラティブアプローチは1990年代に臨床心理学をもとにして生まれました。以来、医療や福祉、看護、キャリアカウンセリングといった対人支援を行う分野を中心に、幅広く活用されています。一般的な定義や手法はないため、おおまかな流れ以外は研究者の考え方や現場により変化することがあります。
ナラティブアプローチが注目されている背景
ナラティブアプローチが生まれ、注目されている背景には社会構成主義という概念が影響しています。社会構成主義とは「現実や客観に対する認識は、人々のコミュニケーションや文化、歴史、権力などの影響により変化する」という考え方です。
たとえば、特定のものごとについて、ある国では合法でも別の国では違法になるケースがあります。また、過去には合法だったものの、現在は違法になる場合もあります。このように、同じ現実を前にしながら、国やコミュニティ、あるいは個人によって判断が異なるというのが特徴です。
ナラティブアプローチはこの社会構成主義をもとに、個人の物語も視点を変えることで内容が変わる可能性を提唱しています。
また、ナラティブアプローチが注目されているもう一つの理由は、従来のカウンセリングでは相談者の心理が抑圧されるリスクがあったことです。
従来のカウンセリングでは専門家によるアドバイスがメインで、相談者に特定の行動を促すケースがありました。しかし、専門家の意見が優位になると相談者側の意見は軽視されることもあります。
そのため、ナラティブアプローチは相談者と専門家が対等な立場で協力し、問題を解決する方法として注目を浴びているのです。
ナラティブアプローチの実践方法
具体的にナラティブアプローチはどのように実践するのでしょうか。基本的な流れを解説します。
1.相談者の主観的な物語を聞く
まずは、面談やインタビューを通じて相談者の話す物語を聞き出します。聞き手は聞くことに集中し、相手に寄りそって反論をせず、ときに相づちを打ちながら、相手の話をさらに引きだせるよう促します。この際、知識を装う必要はなく、わからないことがあれば説明を求めるのも大切です。
相談者の物語には、その人独自の視点や思い込み、こだわりが含まれています。また、話のなかには否定的な側面が多いこともあるでしょう。こうした相談者の話す物語は「ドミナント・ストーリー」と呼ばれています。
ドミナント・ストーリーの例には「仕事で大きなミスを犯し、上司から注意され同僚から嫌われてしまった」「仕事のスケジュールをうまく調整できず、いつも遅れるため周囲に迷惑をかけている」などがあげられます。
2.問題を外在化する
問題の外在化とは、相談者の抱える問題を主観的な見方から客観的な見方に切りかえることです。ドミナント・ストーリーを一通り最後まで聞き終わったら、そのストーリーに潜む問題を外在化します。
ドミナント・ストーリーを話してもらう段階では、物語の内容はあくまで主観的なものであり、相談者自身も問題を十分に把握していない可能性があります。また、問題を自分自身の一部として受け入れていることがあり、問題を解決する過程で自身を否定することが多いです。
そのため、物語に具体的なタイトルを付けて問題を明確にし、相談者自身と問題を切り離して客観的に考える機会を提供します。
前述の例で言えば「上司や同僚に嫌われる従業員」「作業スピードが遅い従業員」などの具体的なタイトルを用います。問題の外在化により、「上司や同僚に嫌われている」あるいは「作業スピードが遅い」といった具体的な問題が明確になります。
3.相談者に質問する
次に、問題の根本的な原因を理解するために、相談者に対して質問を行います。質問と回答を通じて、問題や悩みの深層部分にある原因を相談者自身が見つける手助けをするよう心がけましょう。
一般的なカウンセリングでは、専門家が相談者を問題解決へ導くことが多いですが、ナラティブアプローチではそのような誘導は行いません。質問はするものの、回答を与えるのではなく、相談者と一緒に考えることを重視します。
質問ではおもに、問題に対して「誰が」「これまでのどのようなできごとが」、あるいは「どのような経験が」関わっているのかを相談者自身が認識できるように促すことが重要です。
たとえば「あなたを嫌っていない、仲の良い人はいますか?」「嫌われていると思ったきっかけとなる出来事は何ですか?」「実際に、周囲に負担をかけている出来事を確認したことがありますか?」といった質問ができます。
4.例外的な結果を探す
問題の解決に向けて、相談者の語る物語や回答から例外的な結果を探し出します。
例外的な結果とは、たとえば「すべての上司や同僚に嫌われているのですか?」と質問して「いいえ、仲の良い同僚もいます」との回答を得るケースです。また、「あなたの作業結果に喜んでくれた方はいないのですか?」と質問し、「いいえ、丁寧だと喜んでくれた方もいます」というような回答が得られるケースも該当します。
このように質問を繰り返し、例外的な結果を見つけて、物語を補強し、新たな視点を導入する機会を作り出します。
5.例外を使って新たな物語を構築する
例外的な結果を見つけたら、その結果を使用して新たな視点から別の物語を構築します。たとえば、「上司や同僚すべてに嫌われていると思っていたが、実際には難しい仕事を任されている。つまり、相談者が優れているために多くの仕事を担当していた」「仕事が遅くて迷惑をかけていると思っていたが、実際には細かい仕事の丁寧さが高く評価されていた」などです。
同じ事実でも、聞き手の視点から見ると、まったく異なる内情が浮かびあがるケースがあるため、例外的な結果という事実をもとに、新たな視点での物語を聞き手と相談者の双方で構築していきます。
このとき、形成される新しい視点の物語は「オルタナティブ・ストーリー」と呼ばれます。ドミナント・ストーリーの「ドミナント(dominant)」は「支配」を指すのに対し、「オルタナティブ」は「代替」を意味します。
オルタナティブ・ストーリーを創り上げ、同じ事実を別の視点から再評価することで、相談者は自身の現状や心情を振り返り、問題解決へ向かう一歩を踏み出すことができるのです。
企業がナラティブアプローチを行うメリット
問題解決の手法としてナラティブアプローチを選ぶと次のようなメリットがあります。
相談者との関係強化
ナラティブアプローチは、ほかのカウンセリング手法に比べて、相談者と聞き手の関係が強化されるのがメリットです。
相談を受ける側は、相談者に対して上の立場におらず、一方的なアドバイスや無理難題な要求もしません。あくまで対話によって問題解決を進めます。また、疑問点や不明な点があれば、遠慮せず相談者に説明を求める姿勢を取ることもあります。
そのため、相談者は聞き手のことを、悩みを聞いてくれるだけでなく、協力し解決に向けてともに取り組むパートナーとして認識し、対等な関係性を感じることができます。
そのようなナラティブアプローチの特徴を活かすことで、上司と部下、または従業員同士の関係強化につなげていくことができるでしょう。
解決策の選択肢の拡大
問題への解決策を広く見いだせるのも、ナラティブアプローチを行うメリットです。
専門家によるカウンセリングでは、知見に基づいたアドバイスが行われるため、専門的な知識や経験によって、選択肢が偏ったり限定されたりする可能性があります。
一方、ナラティブアプローチでは相談者と聞き手の双方の会話により、解決に向けた方法を考えます。問題を一番よく知っているのは相談者自身であり、相談者自身の知識や経験をもとに解決策を考えていくため、相談者が受け入れやすい選択肢を持てるのが特徴です。
さらに聞き手側の目線からの意見も加わり、主観、客観両方からのバランスのよい解決策を見い出すことができます。
相談者が能動的に行動
相談者が能動的に行動できるようになるのも、ナラティブアプローチを利用するメリットの一つです。
専門家主導のカウンセリングでは、専門家の知識に基づいたアドバイスが提供されることが多く、選択肢が制限される可能性があります。
一方、ナラティブアプローチでは、相談者とカウンセラーが協力してオルタナティブ・ストーリーを構築します。相談者自身の感情や状況を踏まえて作っているため、納得感や責任感を持って能動的に行動しやすいのが特徴です。
また、自身の価値観や環境に基づいて生まれた、より現実的な解決策は実行しやすく、長期的な継続も容易になるでしょう。
ナラティブアプローチを行う際のポイント
ナラティブアプローチを実践する際は、次のことに注意します。
事前にナラティブアプローチについて勉強しておく
実践前はナラティブアプローチの手順だけでなく、コミュニケーションのテクニックや質問方法について詳しく学んでおきましょう。
仮に手順を把握していたとしても、いきなり実践して上手くいくとは限りません。特に、ナラティブアプローチでは相手を尊重し、例外的な結果を引き出すスキルが求められます。相手の話を受け入れつつ、効果的な質問や対話を展開するための訓練が必要です。
経験が浅いうちは、話の聞き方や質問の仕方を誤って、相手の悩みを解決できないばかりか、否定的な気持ちを引き起こす可能性もあります。相談者と適切に問題解決するためにも、研修や講座を活用してナラティブアプローチの理解を深め、実践に臨む前に自信をつけておきましょう。
テキストマイニングを活用する
ナラティブアプローチ実践のテクニックの一つとして、テキストマイニングを活用しましょう。テキストマイニングとは、膨大な文章データのなかから重要性の高い言葉を、単語や文節の短い単位で区切って抽出し、分析する手法です。
たとえばマインドマップやアンケートの結果分析にも使われます。テキストマイニングにより、相談者のドミナント・ストーリーから重要なキーワードをピックアップすれば、話の全体像や要点を把握しやすくなるはずです。主観が中心のドミナント・ストーリーでも、キーワードのみを並べることで、客観的な視点を持つのに役立ちます。
1on1ブースを設置する
できるだけプライバシーを保てる環境でナラティブアプローチを実施します。社内であれば遮音性の高い1on1ブースを設置すると、相談内容が外部に漏れるリスクがありません。特に、同僚や上司などに会話を聞かれたくない方にとっては、安心して相談できる環境を構築できます。周囲の雑音も届かないため、双方が相手の話に集中できるでしょう。
新たに1on1ブースを設置するなら、リラックスして話せる空間作りにも配慮しましょう。たとえば座るときの位置が正面だと相手を緊張させてしまうため、90度の角度で互いに座ると心理的に話しやすい印象を与えられます。壁面を透明にすれば、採光により明るい雰囲気になり、ハラスメントの抑止効果も見込めるでしょう。
継続して実施する
ナラティブアプローチは対話により双方が意見を出しあって解決方法を探るため、問題によっては必ずしも1回で解決しない場合があります。複数回の対話を実施して解決の糸口が見えるケースや、新たな視点が生まれる可能性も考えられるでしょう。
また、小説や映画のストーリーと異なり、相談者自身の物語には終わりがありません。オルタナティブ・ストーリーを構築した結果、自身や周囲に変化が起こり、再び別の物語が展開されるケースもあります。繰りかえされるナラティブアプローチにより、偏った目線や考え方から解放されるプロセスを体験することで、相談者は自分自身の力で問題解決する力が身に付きます。
ただし、企業内でナラティブアプローチを継続させるためには、企業側の支援が必要不可欠です。業務の一環としてナラティブアプローチを周知し、従業員の理解を得て社内に定着させましょう。
ナラティブアプローチに関するよくある疑問
最後に、ナラティブアプローチに関してよくある質問に回答します。
ナラティブアプローチにデメリットはある?
対等な立場での対話が難しいのはナラティブアプローチのデメリットです。特に相手がカウンセリングの専門家や上司だと、相手の立場に遠慮や萎縮をしてしまい、本音を話しにくい方が増えると考えられます。また、無意識にでも相手の意見を相談者が尊重してしまい、自分の意見を押しつぶしてしまう可能性もあります。
お互いの関係性がナラティブアプローチの自由な発想や考え方を阻害してしまうと、対話や問題解決までのプロセスは成功しません。聞き手と相談者の関係性が対等を保てるよう、十分に配慮やフォローをする必要があります。
また、ナラティブアプローチが業務だという認識が薄いと、継続しにくいのも問題です。相談者の話を聞き、上手にオルタナティブ・ストーリーを構築するには労力がかかります。業務に必要だと認識されていなければ、負担の重さだけが聞き手にのしかかり、かえって聞き手側の意欲を削いでしまう結果にもなりかねません。
ナラティブアプローチの重要性を十分に周知してから導入し、継続して実施できる環境を作り出しましょう。
人事労務以外でも活用できる?ナラティブマーケティングの例
人事労務以外でもナラティブアプローチはさまざまな場面で活用できます。一例として、ナラティブマーケティングを紹介します。
ナラティブマーケティングは売り手や開発側ではなく、ユーザー側のエピソードを軸に商品やサービスの魅力を伝える手法です。たとえば、「商品開発に10年を費やした」というのは開発側の伝えたい想いですが、「長年悩んでいた寝つきの悪さが改善し、朝までぐっすり眠れるようになった」というのはユーザー側が伝えたい体験談です。
このようにユーザー側のベネフィットに着目して物語を想像し、ユーザー目線で商品開発や販売をするのがナラティブマーケティングという手法です。顧客の体験や感情に基づいているため、商品に対する愛着や納得感、信頼といった感情を持ちやすく、購買意欲を高められます。
ナラティブアプローチで自分だけの物語を紡ぎ、自己成長を促そう
ナラティブアプローチは、相談者自身が語る物語を通じて問題解決を図る手法です。相談者自身と聞き手は対等な立場であり、質問および回答を繰りかえして問題解決の方法を協力しながら探っていきます。
同じ現実でも視点が変わることで、捉え方を変えられます。ナラティブアプローチによって今までの固定観念を覆す視点を手にいれられれば、相談者の自己成長につながるでしょう。対話の繰り返しにより、コミュニケーション力を高め、聞き手との信頼性の強化も可能です。また、専門家から答えを与えられるのではなく、結論を自身で考え導きだすため、納得した上で能動的な行動が期待できます。
聞き手に専門性は必要なく、研修や養成講座で知識や技術を身に付ければ一般の従業員でもナラティブアプローチを実施できます。ナラティブアプローチの意義を社内に周知し、業務の一環として継続して、従業員が悩みを抱えこまずに済む環境を作りあげましょう。
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