「年功序列に基づく従来の賃金体系では、現在の若手従業員のモチベーション維持が難しい」という課題意識を抱く企業は少なくありません。成果に応じた報酬が支払われる賃金体系への変更は、企業の改革の選択肢の一つとなります。
賃金体系の考え方の一つに、スキャンロンプランというものがあります。本記事では、スキャンロンプランの基本的な定義から計算方法、メリットを詳しく解説します。
自社の賃金体系を見直す際の参考として、スキャンロンプランがどのようなものであるか、採用することのメリットや必要性をしっかりと理解できるようにしましょう。
スキャンロンプランとは
まずは、スキャンロンプランの基礎知識を身に付けましょう。次の3つのポイントから、スキャンロンプランを解説します。
- 売上によって変動する賃金体系の一つ
- ラッカープランとの違い
- スキャンロンプランの計算方法
それぞれの詳細を解説します。
売上によって変動する賃金体系の一つ
スキャンロンプランとは、企業の売上高に応じて従業員の給与額を決定する賃金体系です。発祥は米国にあり、アメリカ鉄鋼労働組合の幹部であるジョセフ・スキャンロンによって提唱されました。
日本企業において、スキャンロンプランは賞与原資の決定に広く用いられています。スキャンロンプランで算出した賃金総額と実際に支払った賃金の差額を、賞与として分配するという運用方法が一般的です。一方、通常の給与体系としての採用は珍しい傾向にあります。
スキャンロンプランを通常の給与体系に採用した企業では、売上高と報酬の連動性が強く意識されるようになるため、従業員の働き方に影響が生じます。
スキャンロンプランの導入を検討する場合には、まずは経営者層が基礎知識を把握し、自社に合ったものかどうかを検討することが大切です。
ラッカープランとの違い
賃金体系の選択肢として、スキャンロンプラン以外にラッカープランという考え方があります。ラッカープランは米国の経営コンサルタントであるアレン・W・ラッカーが提唱した賃金体系です。日本において、ラッカープランはスキャンロンプランと同様に賞与を算出する際に用いられる傾向があります。
スキャンロンプランとラッカープランはどちらも成果報酬型の賃金体系ですが、中核となる考え方や計算方法が大きく違います。ラッカープランが採用している指標は、企業の売上高でなく、従業員自体が生み出す付加価値です。
ラッカープランで賞与原資を計算する際は、次の式を用います。
賞与原資=(付加価値 × 標準労働分配率)-すでに支払った賃金 |
標準労働分配率とは、付加価値のうち人件費として従業員に支払われている割合のこと。つまり、ラッカープランでは付加価値が2乗されます。
スキャンロンプランの計算方法
また、スキャンロンプランは日本ではおもに賞与原資の計算方法として用いられています。賞与原資の算出方法としてスキャンロンプランを用いる場合の計算式は次のとおりです。
賞与原資=(売上高 × 標準人件費率)-すでに支払った給与 |
また、スキャンロンプランで給与を計算する場合には、次のように計算します。
給与額=売上高 × 標準人件費率 |
双方の要素でもある標準人件費率とは、過去の売上高に対する人件費の比率のことです。企業の実績に基づいて一定の比率を労使間で決定しておきます。
スキャンロンプランで賃金を支払うメリット
スキャンロンプランで従業員の賃金を支払うと、次のようなメリットを得ることができます。
- 従業員のモチベーションアップ
- 賃金の過払い抑制
- 労使協調への意識改革
それぞれの詳細を解説します。
従業員のモチベーションアップ
スキャンロンプランを採用した企業では、売上高が上がるほど従業員の賃金が増加します。従業員にとってわかりやすい努力指標を提供できるため、モチベーションアップを期待できるでしょう。
年功序列制度下での賃金体系と比較して、自分の成果が給与に直結することが提示されているため、従業員にはより一層の努力を促すことができます。評価基準が明瞭なため、従業員からの納得も得られやすい考え方です。
スキャンロンプランの導入は、企業内に成果主義の考え方を広めることにもつながるため、多くの従業員が報酬を得るために仕事に励むようになります。結果として、企業全体の生産性や業績アップも期待できるようになるでしょう。
賃金の過払い抑制
スキャンロンプランは、売上の変動に応じて賃金が決定されるため、成果に伴わない賃金の過払いを抑制することが可能です。企業の経営資金が、より効果的に活用できるようになるでしょう。
スキャンロンプランの導入には労使両方へのメリットがあると言えるでしょう。従業員間の公平性が保たれ、経営層は賃金の適正化と従業員の満足度向上の両方を実現できます。
過払い抑制は、賃金体系が明確になることによって得られるメリットです。賃金体系の明確化は、上司の主観的な査定によって賃金が決まる従来システムよりも透明性が高く、従業員の納得につながりやすいと言えます。
労使協調への意識改革
スキャンロンプランの導入により、労使間の協調を促進できる可能性があります。標準人件費率は過去の売上高や人件費の実績を参考に、労使間の合意で決めるためです。
従業員には導入プロセスを通じてスキャンロンプランを理解してもらうことが重要です。従業員が企業の売上高を意識することで、経営の視点を持つようになり、企業全体としての一体感や目標に対する共通認識が生まれます。
スキャンロンプランには、単に賃金体系を変更するだけでなく、企業文化や組織の意識にも変革をもたらす可能性があります。導入を検討する際には、労使協調の意識改革の実現も意識してみましょう。
スキャンロンプランで賃金を支払うデメリット
スキャンロンプランには複数のメリットがありますが、次のようなデメリットが存在していることも把握しておく必要があります。
- 導入が難航する可能性がある
- 経費削減に目を向けられにくい
それぞれの詳細を解説します。
導入が難航する可能性がある
スキャンロンプランは成果主義としての側面が強い賃金体系であるため、年功序列に親しんできた世代の従業員や経営層が抵抗感を持つことが考えられます。変更に対する不安や疑念が生まれた場合には、適切な説明が欠かせないでしょう。
また、スキャンロンプランの導入には労使間の合意による標準人件費率の設定が必要です。標準人件費率の計算に用いる売上は過去の実績から用いますが、基準となる過去の実績をいつに決めるかで、折り合いがすぐにつかない可能性も否定できません。
企業側はできるだけ人件費を下げたいため、標準人件費率が小さくなる実績を引用したくなるでしょう。しかし従業員側は正反対の考えを抱くことが想定されます。スキャンロンプランの導入時には、労使間で衝突する可能性があることを踏まえておきましょう。
経費削減に目を向けられにくい
売上高で給与を算出するスキャンロンプランの性質が、経費削減意識への注目を奪ってしまう恐れがあります。
スキャンロンプランの採用下では、従業員は売上の向上に注力する傾向が強まります。しかし、企業の利益は売上だけではなく、経費の管理にも左右されます。売上が伸びても、経費が増大してしまえば、結果的に利益は伸び悩んでしまうでしょう。
デメリットを解消するためには、経費削減の重要性を従業員に十分に伝えることが求められます。売上の増加だけでなく経費の適切な管理も同時に進め、経営のバランスを保つことが求められます。
スキャンロンプラン導入の必要性を判断するポイント
スキャンロンプランを導入して良い効果を発揮できるかどうかは、企業それぞれが持つ性質や風土、状況によって異なります。次のポイントを把握して、自社にスキャンロンプランが必要かどうかを検討しましょう。
- 企業の理念に合う評価方法か
- 財務状況とのバランスが取れるか
それぞれの詳細を解説します。
企業の理念に合う評価方法か
スキャンロンプランの持つ成果主義的な性質が、企業の理念や目指す方向性と合致するかどうかを検討することが大切です。現在の賃金体系での評価項目を一度整理してみましょう。
従業員を評価する際には、成果や勤続年数、職能・職務などの項目が存在します。自社はこれまでにどのような項目を重視し評価してきたのか、そして評価の仕方は企業の理念に適切だったのかを振り返ります。
成果や職務を重んじる評価慣習や理念が存在していれば、スキャンロンプランは比較的抵抗なく導入できます。しかし、勤続年数を軸に評価してきた年功序列・終身雇用型の組織にスキャンロンプランを導入しようとすれば、企業理念レベルでの見直しを強いられるでしょう。
財務状況とのバランスが取れるか
スキャンロンプランは売上高の増減に基づいて賃金を算出するため、経費面の負担が問題となります。過度な賃金支払いは、企業の運営において資金不足を引き起こすリスクがあるため、財務状況とバランスが取れると確信した段階で導入を決定しましょう。
賃金支出をおさえられる標準人件費率を設定し財務状況のバランスを取る選択肢もありますが、成果に見合った賃金が支払われない場合、従業員の不満やモチベーションの低下が生じる可能性があります。
また、従業員に対しては賃金だけでなく、福利厚生や社会保障の負担も考慮する必要があります。スキャンロンプランの導入で、財政状況と従業員のエンゲージメントのバランスが取れるのかを検討しましょう。
スキャンロンプランを導入する際の流れ・手続き
スキャンロンプランを導入する際には、次の流れで手続きを行う必要があります。
- 就業規則変更届を労働基準監督署に届出(常時10人以上の労働者を使用する事業場の場合)
- 労働基準監督署が就業規則を受理
それぞれの段階で行うべきことや、注意するべきことを解説します。
1.就業規則変更届を労働基準監督署に届出
スキャンロンプランの導入を決定した場合は、就業規則変更届を労働基準監督署に届け出ましょう。賃金の計算方法や支払い基準などの賃金規定に変更を加える場合、企業は就業規則変更届を労働基準監督署に提出する義務が生じます。
手続きは従業員の権利を守るために求められており、適切に届出を行わないと法的な問題が生じる可能性があります。違反した場合、30万円以下の罰金となることがあります。
届出は自社の該当営業所の所在地を管轄する労働基準監督署へ行います。届出に使用する書類に様式の定めはありませんが、労働局ホームページなどからテンプレートをダウンロードできます。必要に応じて利用しましょう。
2.労働基準監督署が就業規則を受理
就業規則の変更届を提出したあとに、労働基準監督署による認可を受けましょう。郵送などの場合は返送を待つことになりますが、窓口に直接持参した場合にはその場で手続き完了します。
しかし、手続きが完了しただけでは終わりではありません。受理された後、企業には変更後の就業規則を労働者全員に周知する法的義務が発生します。周知義務を遵守しなかったために、変更した就業規則が無効とされた判例も存在します。
作成した就業規則は、従業員に配布するか、各職場に掲示するなどして周知させましょう。
スキャンロンプランを導入する際のポイント
スキャンロンプランの導入は、賃金体系の変更という労使両者にとっての重大イベントです。導入時には次のポイントをおさえておきましょう。
- 不利益変更になる場合は従業員の合意をとる
- 変更案を事前に従業員へ周知する
それぞれの詳細を解説します。
不利益変更になる場合は従業員の合意をとる
労働条件の不利益変更には一定の要件が設けられています。スキャンロンプランの導入が不利益変更になる場合には注意が必要です。
まずは賃金体系など労働条件の変更ルールを把握しましょう。賃金体系の変更は、労働契約法9条と10条によって次の4パターンが認められています。
- 労働者と使用者の合意によって変更する
- 就業規則の改定によって変更する
- 労働協約の締結、改訂によって変更する
- 変更解約告知を行う
2番目の「就業規則の改訂によって変更する」以外の方法では、従業員の合意が必要です。しかし、不要な労使間のトラブルを未然に防ぐためにも、企業は従業員からの合意を得ることが望ましいでしょう。
労働条件の不利益変更には一定の要件が設けられているため、自社法務部門などにあらかじめ確認を取るようにしましょう。
※参考:厚生労働省「労働契約法のあらまし」
変更案を事前に従業員へ周知する
企業が就業規則を変更する際には、法律により従業員の意見書の添付が義務付けられています。意見書は変更案を元に従業員が作成するため、事前に賃金体系の変更を周知しておく必要があります。
最後に労働基準監督署への就業規則変更する際の流れを整理すると次のとおりになります。
- 就業規則の改定内容を作成
- 改定内容を従業員代表へ説明
- 労働者側代表に意見書聴取、意見書を作成
- 就業規則変更届に意見書を添付し、労働基準監督署に届出
- 労働基準監督署が変更届を受理
- 受理された改定後の就業規則を労働者に周知
法律遵守のため、従業員の意識把握のため、これらのプロセスは欠かさず実行するようにしましょう。
スキャンロンプランが自社に合った賃金体系か検証しよう
スキャンロンプランは企業の売上高に応じて従業員の給与額を決定する賃金体系です。導入することで、従業員は成果に応じて報酬を得られるようになり、企業側は賃金の過払いを防止できます。一方、経費面の視点が薄いことには注意が必要です。
スキャンロンプランの導入では社風や企業理念、既存の評価制度との相性はもちろん、法律面での整合性を確認する必要があります。労使間の合意も重要となるため、経営層と従業員が相互に制度を理解した上で導入することが大切です。
適切に導入できれば、スキャンロンプランは企業の生産性を大幅に向上できます。スキャンロンプランが自社に合致する賃金体系かどうかを検証し、導入を検討してみましょう。
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