

中途採用者の年末調整は、複雑でミスが起きやすい業務です。
特に、前職の源泉徴収票がないと手続きができないなど、中途採用者ならではの注意点が多くあります。
本記事では、中途採用者の年末調整を円滑に進めるためのポイントを解説します。
中途採用者の年末調整が複雑な理由は?
中途採用者の年末調整は、新卒や既存社員とは異なる特有の複雑さがあります。
これは、年の途中で雇用関係が変わり、複数の会社からの所得を合算する必要があるためです。
なぜ複雑になるのか、その具体的な理由を解説します。
合算処理が必要なため
中途採用者の年末調整が複雑になる最大の理由は、前職と現職の所得を合算して税金を計算する必要があるからです。
年末調整は、その年の1月1日から12月31日までのすべての所得を対象に行われます。
そのため、年の途中で転職した社員の場合、前職と現職、両方の会社から支払われた給与を合わせて総所得を確定させなければなりません。
この合算処理を正確に行うためには、前職で発行される源泉徴収票が必要です。
中途採用者が源泉徴収票を提出しない場合は、その対応に手間と時間がかかってしまいます。
情報把握に手間がかかるため
中途採用の場合、入社前の給与や社会保険料の徴収額、生命保険料控除などの情報を企業が直接把握できないため、年末調整が複雑になります。
これらの情報を正確に確認するには、前職の源泉徴収票や各種控除証明書が必要です。
もし書類に不備があった場合は、中途採用者本人や前職の担当者に確認しなければならず、業務がスムーズに進まない可能性があります。
各種控除の適用状況が変わる可能性があるため
中途採用の場合、前職に在籍していた期間と現職に在籍している期間で、控除の適用状況が変動している場合があります。
たとえば「結婚して扶養者控除の対象になる」または「子どもが生まれて扶養親族が増える」といったケースが考えられます。
前職でこれらの変更が反映されていなかった場合、正しい所得税額が計算できません。
人事担当者は、提出された書類を確認し、年間を通じてどの控除が、いつから、どのように適用されるのかを正確に把握する必要があります。
中途採用者の年末調整に必要な書類
中途採用者の年末調整を正確に行うには、適切な書類を提出してもらう必要があります。
提出書類は前職の有無によって異なるため、何が必要か確認しましょう。
給与所得者の扶養控除等(異動)申告書
「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」は、従業員が扶養控除や障害者控除などを受けるために提出する、所得税に関する重要な書類です。
通称「扶養控除等申告書」や「マル扶」とも呼ばれます。
この申告書を提出してもらうと、毎月の給与から源泉徴収される所得税に各種控除が適用され、正しい税額が計算できます。
また、従業員が年末調整を受けるためには、この書類の提出が必須です。
年内に2社以上から給与の支払いを受けている従業員は、年末調整を行う会社1社のみにこの申告書を提出できるというルールを伝えるようにしましょう。
給与所得者の保険料控除申告書
「給与所得者の保険料控除申告書」は、生命保険料や地震保険料などの控除を受けるために、従業員から提出してもらう書類です。
この書類によって、支払われた保険料の金額に応じて所得から控除され(所得控除)、その結果、所得税や住民税の負担が軽くなります。
年末調整でこれらの控除を適用するには、この申告書の提出が必須です。
特に中途採用者の場合、前職の源泉徴収票に記載された控除額と重複しないよう注意が必要です。
入社時期によっては、通常の提出期限と異なる場合があるため、提出状況を個別に確認しましょう。
前職の源泉徴収票
年の途中で入社した従業員が新しい会社で年末調整を行う場合、前職の源泉徴収票の提出してもらう必要があります。
この源泉徴収票は、前職の会社が退職する従業員に対して発行するものです。
もし従業員が紛失してしまった場合は、ご本人に前職の会社へ再発行を依頼してもらいます。
源泉徴収票が提出されないと、会社で年末調整を行うことができません。
その場合、従業員自身で確定申告をしてもらうことになります。
給与所得者の基礎控除申告書 兼 給与所得者の配偶者控除等申告書 兼 所得金額調整控除申告書
「給与所得者の基礎控除申告書 兼 配偶者控除等申告書 兼 所得金額調整控除申告書」は、2020年(令和2年)分の年末調整から導入された書類で、通称「基・配・所(き・はい・しょ)」などと呼ばれます。
この申告書を提出してもらうことで、従業員は基礎控除や配偶者控除などの適用を受け、所得税の負担を軽減できます。
国民年金・国民健康保険料の支払証明書
国民年金や国民健康保険料を個人で支払った場合、社会保険料控除の対象となり、所得税や住民税が軽減されます。
年末調整でこの控除を適用するには、国民年金保険料の控除証明書や、国民健康保険料を納付した際の支払証明書類(領収書など)の提出が必要です。
また、扶養家族の国民年金や国民健康保険料を従業員本人が支払っている場合も、控除の対象となります。
年末調整の書き方と手続きの流れ

年末調整は、1年間の所得税を精算する重要な手続きです。
中途採用の場合、前職の有無によって提出書類と記入方法が異なります。
年末調整の基本的な流れと、必要書類の記入方法について解説します。
1.年末調整書類の配布
毎年10月下旬から11月頃に、人事・担当部署から従業員に以下の書類が配布されます。
- 給与所得者の扶養控除等(異動)申告書
- 給与所得者の保険料控除申告書
- 給与所得者の基礎控除申告書 兼 配偶者控除等申告書 兼 所得金額調整控除申告書
中途採用者に前職がある場合、前職の源泉徴収票の提出を依頼しましょう。
2.必要事項の記入
次に、従業員は会社から配布された書類に必須事項を記入します。
それぞれの書類に記載する主な内容は次の通りです。
給与所得者の扶養控除等(異動)申告書 |
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給与所得者の保険料控除申告書 |
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給与所得者の基礎控除申告書 兼 配偶者控除等申告書 兼 所得金額調整控除申告書 |
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3.会社への書類提出
年末調整書類の回収と確認は、毎年11月中旬から12月上旬頃に提出期限を設定し、従業員に記入済みの年末調整書類と必要な添付書類を提出してもらいます。
スムーズに処理するには、提出漏れや記入ミスがないか、添付書類と申告内容が一致しているかを丁寧に確認することが大切です。
もし不備が見つかった場合は、速やかに従業員に連絡し、修正を促しましょう。
4. 源泉徴収票の交付
従業員への源泉徴収票の交付は、翌年1月頃に行います。
源泉徴収票は、1年間の所得や最終的な納税額が記載された重要な書類で、支払われた給与総額や源泉徴収税額、社会保険料などが明記されています。
従業員本人の控えや、確定申告、次の転職先での年末調整にも必要な書類です。
会社には源泉徴収票を交付する義務があるため、遅延や誤りがないように細心の注意を払いましょう。
誤りがあると、従業員の税務手続きに支障をきたす可能性があります。
前職と現職の所得を合算する方法
中途採用者の年末調整を行う際は、前職と現職の所得を合算しなければなりません。
この合算が正しく行われないと、所得税の過不足が生じてしまいます。
前職と現職の所得を合算するには、次の書類が必要です。
- 給与所得者の基礎控除申告書 兼 配偶者控除等申告書 兼 所得金額調整控除申告書
- 給与所得者の保険料控除申告書
- 給与所得者の扶養控除等(異動)申告書
それぞれの記入内容や合算方法について詳しく解説します。
給与所得者の基礎控除申告書 兼 配偶者控除等申告書 兼 所得金額調整控除申告書の書き方
給与所得者の基礎控除申告書 兼 配偶者控除等申告書 兼 所得金額調整控除申告書に記入するべき金額は次の通りです。
- 現職での給与所得の見込額
- 前職の源泉徴収票に記載されている「給与所得控除後の金額」
説明が不十分だと、現職での給与所得の見込額だけを記入してしまう可能性があります。
担当者は、現職の見込額と、前職の源泉徴収票に記載された「給与所得控除後の金額」の2つを合算して見積もる必要があることを、事前に説明しておきましょう。
給与所得者の保険料控除申告書の書き方
給与所得者の保険料控除申告書に記入するべき金額は次の通りです。
- 現職で支払った社会保険料
- 前職で給与から天引きされた社会保険料
- 個人で支払った国民年金保険料や国民健康保険料
- 個人で支払った生命保険料、地震保険料、iDeCoの掛金など
控除証明書を紛失する従業員も少なくありません。
もし紛失した場合は、各保険会社や日本年金機構に再発行を依頼する必要があることを、事前に伝えておきましょう。
給与所得者の扶養控除等(異動)申告書は内容の見直しを行う
この書類に前職の給与額を直接記入する欄はありません。
しかし、前職在籍中に扶養家族の状況に変更があった場合は、その異動内容を現職の年末調整に反映させる必要があります。
中途採用者の源泉徴収票の書き方
中途採用者の源泉徴収票の書き方は、基本的に既存社員と同じです。
前職と現職の給与を合算して税額を計算する点が異なるため、注意しましょう。
それぞれの項目に記載する内容は次の通りです。
支払金額 | 現職の給与・賞与の合計額と、前職の源泉徴収票にある支払金額を合算した額を記載する |
摘要 |
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中途就・退職 | 中途採用の場合「就職」に◯をつけ、就職した年月日を記載する |
中途採用者の年末調整の注意点

中途採用者の年末調整は、通常の従業員とは異なるため注意が必要です。
これらを把握し適切に対応することで、従業員の納税に関するトラブルを防げます。
前職の源泉徴収票を提出してもらう
中途採用者の年末調整において、最も重要なことは前職の源泉徴収票を提出してもらうことです。
前職の源泉徴収票には、前職で得た給与や賞与の総額、徴収された所得税額、社会保険料などが記載されています。
この情報がないと、現職の給与と合算して年間の所得を確定できず、会社として年末調整を完了することができません。
もし提出されない場合は、従業員自身が翌年に確定申告を行う必要があります。
スムーズな提出を促すためにも、早めの案内や入手方法をアナウンスすることが大切です。
合計所得金額の見積もりが正しいか確認する
「給与所得者の基礎控除申告書 兼 配偶者控除等申告書 兼 所得金額調整控除申告書」で申告する「あなたの本年中の合計所得金額の見積額」には、現職の給与だけでなく、前職の給与所得も含めて計算する必要があります。
年末調整を行う際は、現職と前職の給与が正しく合算されているか、必ず確認しましょう。
各種控除証明書を確認する
中途採用の場合、前職で提出していなかった、もしくは年の途中で新たに加入・支払を始めた控除があるかもしれません。
担当者は、対象となる従業員に申請するものがないか確認を促しましょう。
次の控除を受けるには、対応する控除証明書または支払証明書の添付が必要です。
- 生命保険料控除
- 地震保険料控除
- iDeCoの掛金控除
- 個人で支払った国民健康保険料の控除
- 個人で支払った国民年金保険料の控除
特に、国民健康保険料の証明書は自動で送付されないため、従業員に取得方法を合わせて案内することが大切です。
年中の状況変化に注意する
中途採用者の年末調整では、年の途中で家族構成や個人的な状況に変化があったかを確認することが重要です。
特に、次のような変化がないか確認を促しましょう。
- 結婚によって、配偶者控除や配偶者特別控除の対象になった
- 出産・養子縁組によって、扶養親族が増えた
- 子どもが就職して、扶養から外れた
- 生命保険や地震保険に新規加入した
- 国民年金や国民健康保険を自分で支払っていた期間がある
前職の源泉徴収票がない場合の対応策
途採用者が前職の源泉徴収票を紛失するケースは少なくありません。
しかし、会社で年末調整を行うには、必ず前職の源泉徴収票が必要です。
源泉徴収票の再発行を依頼してもらう
中途採用者が前職の源泉徴収票を紛失した場合は、本人に前職の会社へ再発行を依頼してもらいましょう。
前職の人事部や経理部に連絡して、再発行を依頼するよう伝えます。
会社には、退職した従業員から求められた場合、源泉徴収票を交付する義務があるため、対応してもらえることがほとんどです。
再発行には数日から1週間程度かかる場合があるため、なるべく早めに依頼することが大切です。
会社で年末調整を行えないことを説明する
前職の源泉徴収票がない場合、会社は年末調整を行うことができません。
年末調整は、その年のすべての給与所得と税額を合算して計算するため、前職の情報が不足していると正しい税額を算出できず、従業員が後で不足分の税金を支払う可能性もあります。
そのため、源泉徴収票がないと会社で年末調整の手続きができないこと、そして翌年にご自身で確定申告を行う必要があることを、従業員に必ず伝えましょう。
確定申告について案内する
前職の源泉徴収票が提出されず、会社で年末調整ができない場合は、従業員に確定申告が必要であることを伝えます。
確定申告について案内する際のポイントは次の通りです。
申告期間 | 原則として翌年の2月16日から3月15日までに行う |
必要な書類 |
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申告方法 |
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還付金について | 多くの場合、確定申告をすることで払いすぎた税金が還付されます |
中途採用者の年末調整をスムーズに進める方法
中途採用者の年末調整を円滑に行うには、事前の準備と丁寧なコミュニケーションが大切です。
人事担当者と従業員双方の負担を減らすためのポイントを解説します。
早期に情報を周知する
中途採用者の年末調整を円滑に進めるには、できるだけ早い段階で必要な情報を伝えることが重要です。
特に、前職の源泉徴収票は、まだ手元になかったり、退職時に受け取っていても紛失していたりするケースが少なくありません。
再発行には時間がかかることもあるため、早めに必要性を伝えましょう。
入社時のオリエンテーションや入社手続きの際に、年末調整に必要な書類やスケジュールについて説明しておくことで、中途採用者は余裕を持って準備できます。
説明資料を配布する
年末調整の書類には専門用語が多く、記入方法に迷ってしまう従業員もいるでしょう。
分かりやすい説明資料を配布することで、従業員のスムーズな書類準備をサポートできます。
説明資料には、次の内容を記載すると分かりやすいです。
記入例 | 各申告書の具体的な記入例 |
前職の源泉徴収票の見方 | どこに情報が記載されているかを図で示す |
控除証明書の添付について |
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よくある質問(FAQ) | 中途採用者が疑問に感じやすい点をQ&A形式でまとめる |
年中の状況変化ヒアリングする
中途採用者の年末調整では、前職在籍中に家族構成や個人的な状況に変化がなかったか、確認することが重要です。
口頭での確認だけでは伝え忘れや誤認識が生じ、控除漏れや税金の追徴につながる可能性があります。
年末調整の案内時にチェックリストを渡すなど、書面での丁寧なヒアリングを心がけましょう。
複数回リマインドする
従業員の提出忘れや遅れを防ぐためには、年末調整書類の提出期限に合わせて複数回リマインドすることが大切です。
これにより、手続きをよりスムーズに進められます。
たとえば、提出期限の数週間前、1週間前、数日前といった段階的な通知が効果的です。
メールや社内システム、チャットツールなどを活用し、従業員が確実に情報を得られるように工夫しましょう。
中途採用者の年末調整は、前職の源泉徴収票の回収に注意!
中途採用者の年末調整は、前職と現職の所得を合算する必要があるため、手続きが複雑になりがちです。
特に前職の源泉徴収票がなければ、現職の会社で年末調整を行うことはできません。
したがって、円滑な手続きのためには、人事担当者からの早期の情報周知が重要です。
分かりやすい説明資料の配布や丁寧なサポートを行うことで、従業員と会社双方にとってスムーズな年末調整につながります。

株式会社学情 エグゼクティブアドバイザー(元・朝日新聞社 あさがくナビ(現在のRe就活キャンパス)編集長)
1986年早稲田大学政治経済学部卒、朝日新聞社入社。政治部記者や採用担当部長などを経て、「あさがくナビ(現在のRe就活キャンパス)」編集長を10年間務める。「就活ニュースペーパーby朝日新聞」で発信したニュース解説や就活コラムは1000本超、「人事のホンネ」などでインタビューした人気企業はのべ130社にのぼる。2023年6月から現職。大学などでの講義・講演多数。YouTube「あさがくナビ就活チャンネル」にも多数出演。国家資格・キャリアコンサルタント。著書に『最強の業界・企業研究ナビ』(朝日新聞出版)。